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  • 2014.08.13 Wednesday
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2011年6月18日

 木曾福島

長福寺
興禅寺
 木曾義仲の墓(とされていた)宝きょう印塔

木曽福島郷土館
 郷土館前および入口の石仏群

木曾郷土館
 芭蕉句碑
足湯近くの道標

供養塔
雨降り始める。
資料を濡らさないようにスーバーでごみ袋を買う
木曽川右岸の石仏群
薬師堂 石仏群
御嶽神社
津島神社 芭蕉句碑 燈篭
了源寺 門前の石造物
観音堂
権現の滝
山村代官屋敷内の祠
(2012/1/5)

立場一覧

  • 2011.04.06 Wednesday
  • -
  • 14:22
日本橋
  巣鴨村 [字庚申塚]立場   地図
板橋宿
  志村地内字志村坂
  下戸田村 立場 下戸田村地内字戸田渡場 地図
蕨宿
  辻村 字三ノ口立場 辻村地内字吉祥院前 地図
  根岸村地内字上合谷  
浦和宿
  上木崎村 立場 針ヶ谷村往還字浦和新田 地図
大宮宿
  加茂宮村 [字天神橋]立場 加茂宮村地内字天神橋 地図
上尾宿
  久保村地内  
桶川宿
  本宿村 [字本宿下茶屋]立場 本宿村地内字下茶屋 地図
  東間村 [字三軒茶屋]立場 東間村字三軒茶屋 地図
鴻巣宿
  宮前村 字観音前立場   地図
  箕田村 字追分立場 箕田村地内字追分 地図
  吹上村 立場 吹上村地内 地図
  久下村 立場 久下村地内字宿並 地図
熊谷宿
  新嶋村 字松原立場 新嶋村地内字松原 地図
  新堀村 字籠原立場 新堀村東方村入会字籠原 地図
  東方村 字石橋立場 東方村地内字石橋 地図
深谷宿
  普済寺村 字風張立場 普済寺村地内字風はり 地図
  滝瀬村 字堀田立場 滝瀬村地内字堀田 地図
  牧西村 立場 牧西村地内 地図
  傍爾堂村 字橋端立場 地図
本庄宿
  石神村 字横町立場 石神村地内字横町 地図
新町宿
  中嶋村 立場 中嶋村地内字追分 地図
  岩鼻村 立場 岩鼻村地内 地図
倉賀野宿
  倉賀野宿 字粕沢立場 倉賀野宿上佐野村境
字粕沢石橋前
地図
  和田多中村 字新田立場 和田多中村地内字宿田中 地図
高崎宿
  中豊岡村 字若宮立場 中豊岡村地内字若宮 地図
板鼻宿
安中宿
  原市村 字八本木立場 原市村地内字八本木 地図
松井田宿
  五料村 字梨子木立場 五料村地内字梨子木 地図
坂本宿
  坂本宿 字羽根石立場 坂本宿地先碓氷峠村地内
字羽根石
地図
  坂本宿 字山中立場 坂本宿地先碓氷峠村地内
字山中
地図
軽井沢宿
沓掛宿
  仮宿村 字サイノ河原立場 仮宿村地内字弓そり 地図
追分宿
  前田原村 枝郷荒町立場

地図
小田井宿
岩村田宿
 

平塚村地内  
塩名田宿
八幡宿
望月宿
芦田宿
  長窪宿 [字苅取峠]立場 長窪宿地内字苅取峠 地図
長久保宿
  和田宿 字下和田立場 和田宿地内字下和田 地図
和田宿
  和田宿 字唐沢立場 和田宿地内字唐沢 地図
  和田宿 字和田餅屋立場 和田宿地内字東餅屋 地図
  下原村 字和田餅屋立場 下原村地内字西餅屋 地図
  下原村 字樋橋立場 下原村地内字樋橋 地図
下諏訪宿
  小井川村 字四ッ谷立場 小井川村地内字四ッ谷 地図
  塩尻宿外拾九村入会
字塩尻峠立場
塩尻宿柿沢村外拾ヶ村入会
字塩尻峠
地図
  塩尻宿柿沢村入会
字新茶屋立場
柿沢村地内字永井坂 地図
塩尻宿
平出村字桔梗ヶ原立場 平出村地内字桔梗 ヶ原
洗馬宿
本山宿
  贄川宿 字桜沢立場 贄川宿地内字桜沢 地図
  贄川宿 字片平立場 贄川宿地内字片平 地図
贄川宿
  奈良井宿 字森下立場 奈良井宿地内字平沢  地図
奈良井宿
  薮原宿 字鳥居峠峰之茶屋立場 薮原宿地内字鳥居峠峯の茶屋 地図
藪原宿
  荻曽村 字吉田立場   地図
宮ノ越宿
  原野村 字小沢立場 原野村地内字小沢 地図
福島宿
  岩郷村 字中平立場 岩郷村地内字中平 地図
  岩郷村 [字板敷野]立場 地図
  上松宿 字沓掛立場 上松宿地内字沓掛 地図
  上松宿 弥生字新茶屋立場 上松宿地内字新茶屋 地図
上松宿
  上松宿 字寝覚立場 上松宿地内字寝覚 地図
  荻原村 字立町立場 荻原村地内字立町 地図
  須原宿 字木村立場

地図
須原宿
  長野村 字平沢立場 字長野の内平沢 地図
野尻宿
  三留野宿 字十二兼立場

地図
  三留野宿 字中川原立場 三留野宿地内字中河原 地図
三留野宿
  三留野宿 字神戸立場 三留野宿地内字神戸 地図
妻籠宿
  妻籠宿 字下り谷立場

 
  妻籠宿 字一石栃立場 妻籠宿地内字一石栃 地図
  馬籠宿 字志水立場

地図
馬籠宿
  馬籠宿 字新茶屋立場 馬籠宿地内字新茶屋 地図
落合宿
  落合宿 字與坂立場 落合宿地内字与坂 地図
中津川宿
  ―  千旦林村地内字小石塚 地図
  千旦林村 字坂本立場 千旦林村地内字坂本 地図
大井宿
  中野村 字七本松駕籠立場

地図
  竹折村 字槙ヶ根立場 中野村地内字槙ヶ根 地図
  藤村 字深萱立場 藤村地内字深ヶ谷 地図
大湫宿
  細久手宿内 日吉郷拾一ヶ村入会
八瀬沢立場

地図
  北野村 字一ツ家立場 北野村地内字一ツ家 地図
細久手宿
  津橋村 字刎坂立場 津橋村地内字富士上 地図
  謡坂村 字十本木立場 謡坂村地内字十本木 地図
御嶽宿
  比え村 立場 比え村地内字白坂 地図
伏見宿
  野市場村金屋村入会 立場 野市場村金屋村入会地内
字弍軒屋
地図
太田宿
  勝山村 立場 勝山村地内字宮前 地図
鵜沼宿
  鵜沼宿出郷 字三ツ池立場 鵜沼宿出郷地内字三ツ池 地図
  岩地村桐野村西市場村入会
字六軒茶屋立場
西市場村桐野村岩地村入会
字六軒茶屋
地図
  新加納村 立場 新加納村地内字榎下 地図
  切通村 字上市場立場 切通村地内字上市場 地図
  細畑村 字下河原立場 細畑村地内字下河原 地図
加納宿
  本庄村 字多羅野立場 清村本庄村入会字多羅野 地図
河渡宿
  生津村 立場   地図
    上本田村地内字本町南町
美江寺宿
  領家村 字三ッ家立場 北方村地内字三ツ屋 地図
赤坂宿
  青墓村 立場 青墓村地内 地図
垂井宿
  野上 野上村地内字西谷川 地図
関ヶ原宿
  山中 人数坂 山中村地内字人数坂 地図
今須宿
  長久寺寝物語 長久寺村地内美濃近江両国境
字寝物語
地図
柏原宿
  梓河内関の下 梓河内村地内字関ノ下 地図
醒井宿
  樋口村地内字長町  
番場宿
  中山摺針峠 中山村地内字摺針峠 地図
鳥居本宿
  原村地内 地図
高宮宿
  四十九院 四十九院村地内 地図
愛知川宿
  清水鼻 清水鼻村地内 地図
  西老蘇

地図
武佐宿
  馬渕 馬渕村地内 地図
  鏡入町篠原入会出町 鏡村入町村篠原村地内字出町 地図
  桜生三つ坂 桜生村地内字三ツ坂 地図
守山宿
  渋川出屋敷 渋川村地内字出屋敷 地図
草津宿
  矢倉姥餅立場 矢倉村地内字姥餅 地図
  大萱月輪新田立場 大萱村地内字月輪 地図
  橋本

地図
  鳥居川 鳥居川村地内 地図
  松本石場立場 松本村地内字石場 地図
大津宿
  走井之茶屋立場

地図
追分

地図
  奴茶屋立場 安朱村地内字奴茶屋 地図
 

日岡村地内字滝揚
  蹴上

地図
三条大橋

2011年3月6日

 塩尻市床尾
 床尾神社脇二十三夜塔
風強い
洗馬
 芭蕉句碑
フェンスの隙間から撮影。
旧片平橋
鶯着寺 庚申塔
若神子 諏訪神社参道脇石仏群
雀宮 石仏群
桜宮 石仏群
大山神社
津島神社 石仏群
奈良井
 二百地蔵 八幡宮
 吉田 新道峠
 山吹山回廊

(書きかけ)

(2011/3/17)

2011年1月9日

 岐阜市内
18きっぷの消化のため1泊2日で京都方面に行くことにしたが
天気予報では午後3時頃は曇るというので
途中岐阜付近での撮影を考えた。

午前6時過ぎに家を出る。
東京駅で、6時50分発の小田原行きに乗り、
その後熱海、静岡、浜松、豊橋で乗り換える。
そのうち、小田原、静岡、浜松では始発ではなかった。
浜松付近では空に大きな雲がかかっていたが、
その他の場所では天気はよく、始発で出なくて正解だったと思う。

岐阜に近づいたときにも日は差していたが、
すぐに曇りそうだったので、下車することにした。
自転車を組み立て、午後2時前に岐阜駅の南口を出発。

岐阜市加納
 西方寺

寺の前に『「思い通り」という道は無い』という浄土宗の
ポスターが貼ってあるのを見ながら、
袋から三脚を取り出したところ
何かが地面に落ちて金属音を立てる。
見ると、移動中に衝撃を与えたのが原因か
三脚のうち一本の脚のストッパーが壊れていて
いちばん細いパイプが外れていた。
仕方なく、低い位置のまま本堂と徳本名号塔(文政年間銘)を撮影。

近くのコンビニでガムテープを購入。
パイプに巻いてストッパー代わりにする。

以前、雲端寺で検索があったので見に行ってみると
本堂は再建中であった。

加納宿の本陣、脇本陣跡、問屋場跡などを撮影。
中山道を京都方面に移動する。

加納本町6丁目
 秋葉神社
祠前の燈籠が天保10年銘だったので撮影しようとするが
扉を紐で結わえてあるのをどうしようか迷っていたところ
通りすがりの地元の人にどうしたのか尋ねられたので
事情を説明したところ、紐は解いてかまわないと言われた。

加納本町7丁目
 秋葉神社
隣接する祠をのぞいて見たところ、庚申塔が祀ってあった。
 
後で分間延絵図を確認したところ、
中山道を挟んだ場所に庚申堂が描かれていたので
移転されたものかもしれない。

加納本町9丁目
 秋葉神社 西番所跡
愛宕神社の標柱もあったが撮影せず。

 近くの祠
以前見た資料ではここに馬頭観音が祀られているとのことだったが
十一面観音が祀ってあった。

この頃に日が差し始めたので、撮影を中断して下見に切り替えることを考えるが
すぐに再び曇ってきた。

 阿賀多神社
 西厳寺
 裏手の地蔵堂
 一里塚跡
 清墓地内の地蔵(明和8年銘)
 菊池神社 往来の松跡碑 燈籠(嘉永5年銘)
を撮影。

午後4時過ぎて、少しずつ暗くなり始める。

JR高架をくぐった先、中山道は2車線の道路ではなく、
2車線の道路と高架沿いの道の間の細道になる。
これは、10年以上前に来たときには気付かなかったのだが
本荘まちづくり協議会の道しるべ(看板)が付けられていた。
もっとも、すぐ先で中山道は一旦消滅するのであるが。

妻夫橋があった交差点近くの八幡神社に立ち寄る。
本殿の裏手に祠があって、地蔵が祀られていた。

時間も無くなってきたので、本荘神社に行ってみることにする。
拝殿の裏から本殿を撮影。
反対側に燈籠があるのを見つけ、拝殿の裏を通り抜けようとすると
防犯ベルがけたたましく鳴ってビックリする。
燈籠は数基あり、そのうちの1基は延宝5年銘の古い物であった。
(火袋の部分は新しいもののようだ)
拝殿も撮影するが、正月の飾りがまだ残っていた。

午後5時を回り暗くなったので(雨も降り始めた)、撮影を切り上げる。

本荘神社から北上して中山道に出る。
多羅里の立場跡にあるレストランを横目に移動。
八幡天満宮のある交差点で広い道に出、大垣方面に移動。
西岐阜駅に行くつもりだったが、気が付くと長良川の堤防近くまで来ている。
この辺は名鉄鏡島線の跡と一部重なっていると思いながら橋を渡る。

河渡宿方面に移動。

途中、馬頭観音堂に立ち寄る。
馬頭観音は2mもあろうかという大きなものだった。

穂積駅から乗車。
米原行きに乗って京都駅に向かう。
(2011/1/17)

2010年12月23日

 主に中津川市内

中山道も西の方の撮影がメインになり始めた時点で気になっていたことだが
日帰りで西方に行く場合、どうしても現地に着くのが昼過ぎになってしまうので、
撮影できる時間が短くなってしまうという問題があった。

以前は、大垣夜行(ムーンライトながら)を利用していたのが、
ムーンライトながらが指定席制の臨時列車になってしまったため
利用を断念することになった。

そこで、変わりとなる物は無いものかと思っていたのだが、
何度か利用した事のある下諏訪のネットカフェで一泊すれば
木曽〜東濃ならば朝6時過ぎの電車に乗って
ちょうどよい時間に現地に到着できることがわかったので
試験的に利用することにした。
(もちろんムーンライト信州に乗れれば、それもよいのだが)

前の晩は調布での仕事が終わった後、ラッシュを避けるべく府中まで移動。
京王線で高尾まで輪行。
高尾で中央線に乗り換えるつもりだったが、18きっぷを家に忘れたことに気付く。
迷った末、家にある18きっぷは未使用だったのと
高尾〜下諏訪間は18きっぷ一日分の料金とさほど違わないので、
下諏訪までは実費で移動して、下諏訪で18きっぷを購入することにした。

中央線の電車に乗るが、車内の中吊り広告が少なくなっていることに驚く。

下諏訪で下車、ネットカフェに一泊した後、翌朝、5時半過ぎに外出する。
この日の天気は晴れということだったが、
今日はとにかく試験的にやってみようと割り切る。

下諏訪を6時20分過ぎの電車(始発ではない)に乗り、
塩尻駅で中津川行きに乗り換える。
最初は、雪が降る前に薮原〜宮ノ越間の道跡を撮影することも考えていた。
空は晴れているが、朝早い時間は山吹山回廊の辺りは
日陰になっていることを確認したが下車しなかった。
(数日後に雪が積もった様なので、下車した方がよかったのかも知れない)

倉本駅に近づいたところで、電車は突然霧の中に突入した。
以降、ずっと霧の中を電車は走り続ける。
中津川に近づくと、視界は大分開けてきて、
じきに霧も晴れそうな予感はあったが
その前のわずかな時間でもと、中津川で下車。
去年の9月に訪れて以来の、旭岡公園に向かう。

天神社の入口に自転車を止める。
 参道沿いの燈籠(天保、元文年間)
 はだか武兵碑
 天神碑
 天満宮
 宝暦の御神灯
去年の9月に撮影できなかった石仏群をひととおり撮影するが、
途中で霧が晴れてしまう。

公園内を散策。他に何があったか一通り調べる。
 三井寺観音(如意輪観音)
 経王書写塔
は日が差していなかったため撮影した。

公園内には、歌碑や句碑が多く、すみれ塚以外にも芭蕉句碑(月塚)があった。

電車に乗ってしまうのも勿体無く思えたので、
中津川市内を一回りすることにした。
宿場町を抜け、中津川を渡り、女男岩方面に行ってみる。

さらに、木曽川方面に向かう。
北恵那鉄道の鉄橋が残っているのを見つけ
さらに、北恵那鉄道跡を辿ることにした。
旧国道に出て、木曽川にかかる橋を渡る。
ここから見える鉄橋は実に18年ぶりであった。

苗木まで移動。
駅跡を探すが、住宅やスーパーが出来ていて探すのに苦労する。
結局、ホームの跡は住宅地になっていて
路面より不自然に高くなっているのでそれと判る程度であった。

昼過ぎになって雲がかかり始めた。
急いで中山道方面に戻る。

国道バイパスを通って中津川市駒場に出、
そこからインターチェンジの先で中山道に出る。
 大藪橋近くの石仏群
 燈籠(弘化年間銘)

一旦、日が差すが中山道の辺りは雲がかかって日陰になっている。

 じゅんてい様・弘法堂
 神明神社
300mほど東にある神明神社跡を見ようと思ったが時間の関係で断念。

 将監塚
 三ツ屋一里塚
 坂本立場跡
 馬の水飲み場
 稲荷神社
 名号塔群
この付近は新道が出来て様子が変わった。

完全に雲がなくなってしまった。
後は下見のつもりで恵那駅まで移動することにした。

坂本の観音堂内には馬頭観音を含む石仏が3体あるが、
ガラス戸が2重にしまっているため、外から撮ると写りこみが
ひどくて中の石仏は写らないと思われた。

 妙見菩薩(地蔵)
この近くの道しるべに
今まで行ったことのない場所が記されていたので行ってみた。

 妙見宮
ここから中津川方面に引き返した墓地内にあった。

 愛宕神社
恵那市境の手前左側の道を入り、数百メートル行った場所にあった。

恵那市内に入る。
日陰にあるものをいくつか撮影した。
 馬頭観音(大正年間のもの)
 木の下にある石祠(氏神)
 観音堂
 庚申塔
 馬塚
 根津神社宝京印塔
 関戸一里塚跡標柱
恵那駅から名古屋方面の電車に乗る。
(2011/1/17,1/18)

TH(かつら・H手)型庚申塔一覧

ここでは、東京都足立区、埼玉県川口市、鳩ヶ谷市、草加市、さいたま市緑区内の
かつらを付け、上方手と下方手がH形を作っている庚申塔について取り上げる。
(簡単のために、頭と腕の形状からTH型と呼ぶことにしますが
もっと気の利いた呼び名があれば教えてください)


TH型は、この付近に分布する宝鈴とショケラ(女人)を持つ庚申塔
(人鈴型六臂)のうち、享保10年代から宝暦年間銘のものに
見られる特徴であるが、TH型全体で見ると
人鈴型六臂と合掌型六臂はほぼ同数存在する。

もちろん、合掌型六臂だから重要でないということはなく、
むしろ、人鈴型と同じ石工が作ったと思われる点において
人鈴型六臂とまとめて取り上げるべきだと思う。

今回調べた中では、さいたま市緑区の三室郵便局隣の合掌型六臂
(享保4年銘)がもっとも古い。
もっとも、初期のものについては、同じ石工の作かどうか疑わしいものもあるが
少なくとも、さいたま市緑区松木にある享保8年銘のもの以降については
同じ石工である可能性は強い。
(続く)



(2010/11/23, 2011/1/23)

続きを読む >>

人鈴型庚申塔カタログ

2007年の11月のことになるが、
浦和宿旧本陣の門を探して東浦和を移動中
赤山道の路傍に庚申塔2基が祀られているのを見かけた。


左:寛保3(1743) 右:元文5(1740)

一見して同じ石工が作ったと思われる2基は造立年に3年の開きがある他
右側の口は開いているのに対して、左側の口は閉じられて阿吽になっている
右側の中央手が合掌しているのに、左側は庚申塔が鈴とショケラ(女人)
を持っている等の違いがあった。

左側の庚申塔は、石川博司氏によって「人鈴型」庚申塔と名付けられているが
http://hoko.s101.xrea.com/koshinto/howto06.html
私自身も同様の庚申塔を東浦和近辺でいくつか見ることができた。

その後、2009年に川口市榛松 不動院で人鈴型庚申塔を見つけたのを皮切りに
2010年までに川口市、鳩ヶ谷市内で人鈴型庚申塔を見かけ
人鈴型がこの近辺にも分布していることを知った。

もっとも、石川博司氏著の冊子によれば、川口市新堀でも人鈴型の所在
が報告されているとのことであったが。

今回、人鈴型庚申塔を総ざらいしようと思い立ったのは
上述のこともあるが、直接のきっかけは、庚申塔に関する
川口市・鳩ヶ谷市・さいたま市の資料を見ることができたからであった。

まず、4月にさいたま市南区鹿手袋にある宝泉寺で見せていただいた
石仏スケッチ集(酒井正著 「郷土の石佛」)
がさいたま県立図書館に所蔵されているのを見つけた。

その本には、著者が訪れた石仏の一覧表が付されていて
少なくとも旧浦和、大宮、与野市内の所在がわかっている
庚申塔については網羅されていると思われた。
(2010/12/25修正)
さらにありがたいことには、青面金剛の持ち物についても記されていて
人鈴型の所在について比較的簡単に調べ上げることが出来た。
(とは言え、若干の誤植はあるのですが・・・・)

川口市については
徳光歩著 「川口市の青面金剛と庚申塔」
に庚申塔の写真と持ち物について記されていて
こちらも容易に人鈴型の所在地を調べることができた。

鳩ヶ谷市については、1970年代に
「鳩ヶ谷市の文化財 第2集」
で市内の石仏石塔についての調査報告が行われている。
が、その後の区画整備等で移転した庚申塔も多く、探すのに苦労した。

2011/1/23追記
個人の調査報告書で鳩ヶ谷市内の庚申塔・馬頭観音を調査したもの
(写真・銘文付き)が存在することを確認しました。

-----------------
結局、人鈴型は 川口駅西口からさいたま市見沼区片柳(旧大宮市内)
にかけての広範囲で見つけることができた。
(もしかすると、草加市内にも存在するかもしれない)
2010/12/14追記
草加市内で人鈴型3基の存在を確認した。
(「草加の金石」による)
人鈴型が赤山街道の周辺に存在するとなると
越谷市内にも存在する可能性が強い。

造立年代についても享保5年から寛政7年までの75年間に渡っている。
2011/1/1追記
鳩ヶ谷市内に人鈴型と思しき寛政11年銘の庚申塔があった。

この他に さいたま市桜区内に元禄年間のものがあるが
形態が違うので今回は除外した。

意外なことではあったが、
人鈴型の祖形と思われる庚申塔は
鳩ヶ谷市辻 真福寺(享保5年銘)にあった。

この庚申塔が祖形であると判断される理由として
享保10年代から宝暦にかけてほぼ独占的に表れる特徴

 ・髪が上方に束ねて結わえられていて頂部が平らになっている。
  (青面金剛とはどんな仏さまによると「かつら」というらしい。) 
 ・側方の四臂が真横に突き出された後、鍵型に曲がっている。
 (以下、頭と腕の形から簡単に「TH型」と記すことにする)

が見られないということが挙げられる。

逆に鳩ヶ谷の近くで、人鈴を持たないTH・合掌型六臂が
人鈴型六臂に先んじて見られるので
おそらく、石工が真福寺で人鈴型を見て
自作に取り入れたのではないかと考えられる。

明和に入るとTH型に変化が見られる。
頭頂が平らなのは、ほぼ変わりがないが、
下手が斜め下に突き出される様になる。

さらに邪鬼が前向きになったり、様々な変化があるが、
最終的には、他の庚申塔とあまり変わりのない形態になる。


(2010/10/28,11/21)

続きを読む >>

2010年9月24日

 新川三嶋神社境内の石造物群

2010年9月20日


春日 北野神社 庚申塔

ぶらぶらと埼玉方面に移動。
浦和図書館で資料を見る。
北本市内の庚申塔の所在地を探す。
本宿地内に撮影したことのない庚申塔があるのに気づき行ってみることにする。
中山道を移動。途中、南方神社の力石を撮影。
三軒茶屋通りを東に入り、中山道と並行して通る道を移動。
庚申塔ではなく
馬頭観音であった。(寒念仏供養塔)
暗くなるまで時間が少しあったので、
R17の東側にある庚申塔を探すが
猿田彦大神の碑を見付けただけであった。
実家に戻る。

(2010/10/1)

2010年9月15日

蕨市内

国会図書館で斉藤正義著「わらびの庚申塔」という本を読む。
この本の中に、「蕨の石造物」には載っていない住所に庚申塔があるのに気づき
行ってみることにする。

自宅から自走。
赤羽に来た時点で諏訪神社に寄って、庚申塔を見に行くことにする。

諏訪神社の場所がわからず移動中
赤羽北1-6 稲荷社の境内の庚申塔を含む石仏群を撮影。

コンビニで地図を立ち読みして諏訪神社の位置を確認する。
赤羽北3-1-2 諏訪神社
 庚申塔
石仏群のある場所は、盛土がされていて、下部が埋まっていた。

さらに、戸田橋方面に移動中
浮間子育て地蔵の前にあった庚申塔を撮影。

蕨市内に着く。
メモした住所に行って、庚申塔を探すが見つからず。

一本杉塚

錦町薬師堂 参道入り口が変わる。

笹目 慈眼寺

板橋郷土資料館裏手の庚申塔

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