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  • 2014.08.13 Wednesday
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2010年1月31日

上尾市内・鴻巣市内

この日は、鴻巣市吹上町前砂にあるガバレ農園で
合鴨をしめて食べるというイベントの誘いを受け、自転車で向かう。

途中、産業道路沿いさいたま市と上尾市の市境に庚申塔があるのを見付け撮影。
ガバレ農園に着くが、遅い時間となり、合鴨を絞めるところには立ち会えなかった。

4時過ぎに農園を後にし、帰宅途中

鴻巣市箕田 氷川神社
宮前 宮登古墳

に立ち寄る。

(2010/4/26)

2010年2月13日

安中市内

この日は、都内はみぞれ。天気予報では、群馬県内は日中は日が差すとのことだった。
磯部駅で下車するが、現地は雪がちらついている。

駅近くの旧家の門前にあったガソリン計量器
 

ここから秋間梅林方面を目指すが、
近くの赤城神社裏手の公園内に日本最古の温泉記号発祥の碑 があるというので見に行く。 


碓氷川を渡り簗瀬地内の聖明寺に立ち寄る。
庚申塔

双体道祖神


安中市原市
 八本木地蔵堂の墓地内に如意輪観音主尊の庚申塔があるので撮影。

安中市峯
 真福寺庚申塔(上下2つに折れた物を山門の左右に祀ってあった)

庚申塔


安中市下後閑に出、県道216号を東に移動。
途中、畑の中に小さな古墳があるのを見る。

県道48号を北上、北野寺、威徳神社に立ち寄る。
威徳神社は元々、天神社である様だった。

ゴルフ場の入り口を過ぎ、坂を下って東上秋間に出る。
二軒茶屋を目指して上る。

先月訪れた、餅つき道祖神の写真を撮り直すためだった。
写真を撮っていると、遠くからおばあさんに声をかけられ、話をする。
先月、ここに来たのを覚えていた様であった。

県道215号を安中市街方面へ
 下秋間後平 百庚申
移動している間、ずっと雪が吹き荒れていた。

安中駅より東京に戻る。

(2010/3/7)

2010年3月23日

 熊谷市西別府・東別府

この日は、昨年撮ることが出来なかったいくつかの場所を回るつもりだった。
11時前に籠原駅で下車。
北上し、西別府地内に向かう
 観音堂
境内の庚申塔他を撮影。
続いて、近くにある
 湯殿神社
に行ってみる。
寛文年間の大きな水神?石祠があった。
石祠の隣に石柱が立っていたが、祭祀遺跡との事だった。
東別府方面に移動。
途中、西別府館跡の石柱を見付ける。
 九品仏堂
彼岸の最中のためか、仏像が見られるようになっていた。
石仏にお供えする団子が置いてあった。
昨年、見付けることが出来なかった青面金剛塔が
後ろ向きに立てられているのを見付ける。

東別府 香林寺
 境内の石仏群

午後1時近くになり、あわてて熊谷駅に移動。
都内に戻る。
(2010/04/26)


2010年4月3日

浦和

前日に川口市内の図書館に立ち寄った際、
埼玉県神社庁神社調査団編「埼玉の神社. 北足立・児玉・南埼玉」
という本があるのを見つけ、目を通していたところ
浦和区岸町にある起志乃天神の境内に
青面金剛塔をはじめとする石造物が数基あるのを知った。
ここに石造物があることは、今まで知らなかったので撮影に向かう。

自宅から自転車で移動する。
途中、足立区小台の庚申塔群を撮影。
荒川を渡り、足立区内を通過。
川口市内に入り、西川口の駅近くから京浜東北線沿いに移動。
南浦和駅近くの氷川神社辺りから中山道を目指すが、道に迷う。
途中日が差し始めるが、起志乃天神にたどり着いた時には曇っていた。

青面金剛塔であるが、文字塔であった。
他に石祠や猿田彦大神の文字塔もあったが
石祠は昭和時代のものであった。
青面金剛塔には何となく見覚えがあって
実は以前撮影していたのではないか、と後で確認したが写真は無かった。
もしかすると、以前、石造物には気付いていたが
そのときは撮影はしなかったのかも知れない。
埼玉県立図書館に立ち寄った後、花見に向かう。
(2010/4/8)

2010年4月8-9日

戸田・蕨・さいたま市内

このところ、浦和区岸町にある寅薬師で検索してくる人が多いのが気になっていたが
山田工業:山田の目blog 」様の記事
http://blog.yamadayamada.co.jp/blog.cgi/permalink/20100403221740
より4/4〜4/10の間、足立十二薬師霊場の御開帳があることを知る。
札所のうち中山道の近くにあるものは、今まで何度か訪れたことがあったが
地図で調べたところ、自転車で2時間程度で回れそうな範囲に札所が点在していたので
仕事に行く前に行けるだろうと軽く考えていたが、
実際には、お参りをして、お接待を受け、御朱印を頂く
ということになると、2時間で回れる訳はなく、4時間強の時間がかかった。

また、今回は朱印帳を持たずに札所を回ったため
帳面に貼り付ける札を頂いた札所はともかく
帳面に直接書いてもらう札所では御朱印を頂くことが出来ず心残りであった。

多くの札所では堂前に角塔婆を建てていて、
角塔婆に結びつけられた布は堂内に引き込まれ
紐を通じて薬師如来の指に結わえつけられていたり、
それが出来ない場合には、紐は台座に結わえてあった。


(写真は岸町薬師)
つまり、角塔婆の布に触るだけでも
薬師様の御利益があるということなのだろう。
---------------------------
家を出て、川口経由で戸田市内に入る。

6番 下戸田薬師堂        戸田市下戸田1-5 正覚院



最初間違えて、正覚院に行ってしまう。
薬師堂の前に人ががいたので尋ねると、
扉を開けて堂内に案内される。
最初何をしてよいかわからず、手だけ合わせる。
お線香もあげておけばよかった。
ペットボトルのお茶と、朱印をもらう。

写真は土曜日に撮影。
10時前に行くとまだ、開いていなかったが
撮影している間におとといの人がやってきたので挨拶する。

12番 中上薬師堂       蕨市北町3-2-4 三学院境内

三学院の境内に薬師堂は無かったはずと思って行ってみると
本堂内に薬師如来は安置されていた。
薬師は合祀されたものだというが、錦町にあった薬師堂のものだろうか。

web上の地図を見る限りでは、錦町の薬師堂は現存するようだが。

本堂内に先客がいて、足立のもう一つの薬師霊場も同時に回っていると話していた。
三脚を持っているのをみて、ケーブルテレビの取材と間違われる。
薬師如来の写真を撮ってもよいと言われるが、
仏像を撮る心積もりではなかったため、戸惑う。


1番 文蔵(ぶぞう)薬師堂    さいたま市南区文蔵4-7-5

境内に入ったの初めてだが、堂前を通り過ぎたことは何度かあった。
当番表が貼ってあって、地元の人が日替わりで詰めているようであった。
お茶を入れてもらい、芳名帳に名前を書き御朱印を頂くが、
紙が大きめ(B5サイズに近い)だったので、
かばんの中で折れないように、後で購入したノートに挟んでおいた。

4番 根岸薬師堂         さいたま市南区根岸4-2-7

御婦人が3人詰めていた。
芳名帳に住所氏名を書くが、東京都内から来たというので驚かれ
お菓子をたくさんもらう。
御朱印を300円で購入。

11番 岸町薬師堂 (関東東向寅薬師)さいたま市浦和区岸町7-9-25

狭い堂内に男性が2人詰めていたので、写真は撮らずお線香だけ上げる。
次の日に、堂内の写真を撮らせてもらうために再訪する。
1000円で御朱印とお札を購入。

2番 上寺(かみでら)薬師堂  さいたま市浦和区常盤1-4-3 成就院境内

成就院には何度か訪れているが、堂内に入るのは初めて。
詰めていた住職?に御朱印はどうするか訊かれるが、
朱印帳を持っていなかったので、代わりにお札を頂く。


ここまでは中山道界隈にあってよく知る場所だったが、
これより埼京線・大宮バイパスの方面に移動する。
基本的に初めて来る場所であった。

3番 上ノ宮薬師堂        さいたま市桜区西堀2-3-9


いままでの札所には角塔婆が建てられていたが、ここには建てられていなかった。
ここに来る途中、近くの橋の上で地図を広げている人がいたので
札所巡りをしているのかもと思いながら追い越したのだが、
お参りを終えた頃にやってきた。この人とは寶泉寺でもすれ違った。
御朱印と御詠歌を頂く。
庚申塔(青面金剛坐像)

7番 田島薬王院         さいたま市桜区田島5-15-5

花祭りの日だからか、境内に人が多かった。
ここの薬師如来はさいたま市の文化財で、
最近修復したらしく修復作業過程の写真が展示されていた。
お札と、縁起書を頂く。

8番 鹿手袋寶泉寺 さいたま市南区鹿手袋6-3-15

移動途中、庚申塔を見付けて撮影。

寺に着いたときに、先ほどの西堀の薬師堂ですれ違った人が
お参りを終えて出て来る所だった。
お茶とお菓子を頂き、お接待で詰めている人達と話をする。
他の札所の様子について訊かれる。
最近はネットで検索して訪れる人が多いことに驚いている様子だった。

次の日に庚申塔を撮影しに再訪したところ、
昨日詰めていた人たちに声をかけられ一緒に記念撮影する。
写真は後日郵送されてきた。
ありがとうございました。

5番 白幡薬師堂         さいたま市南区白幡2-16-8 医王寺境内

中山道から程近い場所なのだが、ここを回り忘れていた。
お参りを済ませた後、
外で立ち話をしていた住職?が堂内に入ってきたので、話をする。
私が御朱印をもらうと思っていたらしく、そのまま退出したのに拍子抜けした様子であった。

9番 内谷東光寺         さいたま市南区内谷4-17

ここは、角塔婆を建てておらず、こじんまりとやっている印象。
お線香だけ上げる。

9番 美女木薬師堂       戸田市美女木3-18-11 元 薬王寺

お茶を頂く。みかんを頂いたのはここだったか。
薬師如来の写真を撮ってもかまわないといわれるが
広角レンズしか持っていなかったので撮影しなかった。
撮っておけばよかった。

10番 笹目慈眼寺        戸田市笹目5-12-11

入り口がわからず少し道に迷う。
お茶、お菓子を頂く。
やはり、都内からやってきたとのことで驚かれる。
御朱印はおそらく有料なのだが、せっかくだからと、書き損じを頂く。

お接待の人達と話をするが、すこし話がかみ合わない様子。
こちらとしては、子供の頃に家族と四国霊場巡りをしたりと
どちらかというと民俗学的な興味からの札所巡りだったが、
札所巡りをする人は健康が切実な問題になった年齢の人が多いのだろう。
「若いのに信心深い」などと言われる。

お接待をする若い人が現われないのが悩みの種の様で、
いっそのこと今回は簡単に済ませてしまおうか、という話もあったそうだが
(おそらく)いつもと同じ形でお接待を行った札所が多かったのは
次の御開帳が12年後であることを考えると
このような接待が出来るのは今回で最後ではないかとの
思いがあるのかも知れない。

(2010/4, 2010/6/12)

2010年4月10日

下諏訪

18きっぷの有効期限最終日だったが、まだ2日分残っていた。
長野方面の天気は晴れとのことだったが、
下諏訪の諏訪神社下社の御柱祭も行われていたので出かけることにするが、
その前に、下戸田の薬師堂の写真を撮りに出かける。

お茶の水駅を午前11時半近い電車に乗って出発。
接続が悪く、下諏訪に着いたのは午後4時過ぎ。
木落としには間に合わないだろうと思い、春宮の前を過ぎるが
木落とし坂方面には向かわず岡谷方面に移動。
カタクリ祭の幟を見て、小萩神社に向かうことにする。
 石仏群
 社宮司神社
国道バイパスをくぐり、小萩神社に着く。
御柱祭の最中であるとは思えない落ち着いた雰囲気。
境内で子供達が遊んでいる。
一人の子供が神楽殿の舞台に上がろうとしたのだろうか。
姉と思しき子供が「カミがイカるよ!」と叱りつける。
その言い方も面白いが、叱られた子供が半べそをかきながら
片言でお詫びの言葉を話している様が面白かった。

神社からさらに上り、横川を渡る。
ここには、15年前にも来た事を思い出す。
 山の神
国道バイパスに出て、木落とし坂方面に向かうことにするが
途中、祠を見かけて立ち寄る。
 金山神社
石祠の後ろに庚申塔(青面金剛文字塔)があった。
側面に銘があって、正徳年間に曽祖父が塔を建てようとして果たせなかった
夢を、文化年間(102年後)に叶えた
という内容の事が書いてあった。

トンネルを抜けるが排気ガスがこもっていて自転車で通るのに苦労する。
木落としの会場近くまで来る。
国道を地下道でくぐり、町屋敷を通過、木落とし坂の上に出る。
6時過ぎで、荻倉集落には翌日落とす柱が置いてあり、
柱の前で記念撮影をしている人たちもいた。
坂の脇の階段を下り、注連掛に行くと、
昨日、今日と落とされた柱が並べられていて、やはり
氏子達が記念撮影していた。
下諏訪駅に出たのが7時過ぎ。
ネットカフェに泊まろうかと思ったが、フィルムを切らしていたので
東京に戻ることにする。
真夜中になって、都内に戻る。
(2010/4/27)


2010年4月20日

深谷・熊谷市内

上野駅を10時過ぎの電車で出発。
籠原止まりだったが、鴻巣で高崎行きに乗り換える。
深谷駅で下車。

自転車を組み立て、駅から貨物線跡の遊歩道を移動。
途中、中山道の近くで一旦道をはずれる。
中山道の一本南の道沿いの祠の中に地蔵が祀られているのを見付ける。
地蔵自体は墓碑の様であった。

昨年訪れた上敷免のレンガ工場に向かう。
遊歩道を北上、福川鉄橋を過ぎる。
遠くに寺が見えたので立ち寄る。

深谷市上敷免 泉光寺
 山門前に三面の庚申塔があった。

備前渠鉄橋

煉瓦工場前を通過。
深谷市石塚方面を目指すが
途中、持ってきた地図を落とした事に気付いて引き返す。

深谷市沼尻地内
 双体道祖神
 

深谷市石塚 光明寺 
 庚申塔2体

移動しようとしてカメラを落下させ、水準器を壊す。
雨も降り始めており、撮影を諦めて帰ることを考えるが、
雨はすぐに止んでしまった。
とりあえず、妻沼方面を目指して移動。
 
深谷市江原
路傍(浄光寺近く)
 庚申塔 如意輪観音(兼道標)
聖天堂前 
 石仏群

熊谷市(旧妻沼町)に入る
移動中、寺社に立ち寄り、庚申塔を探す。

間々田 弘法寺
妻沼台 円満寺

妻沼聖天に立ち寄る。
熊谷駅方面に移動。
途中、気が変わって、
上奈良
 東光寺
 妙音寺
に立ち寄る。

熊谷駅に4時過ぎに到着。
電車で都内に戻る。

(2010/4/26)

2010年5月-6月

さいたま市・川口市内

2010年4月に足立十二薬師霊場巡りを行ったとき
蕨の三学院で巡礼者が
足立薬師霊場は2つあってもう一つの足立薬師霊場も回る予定だ
というようなことを話しているのを小耳に挟んだことがあった。

そのときはもう一つの霊場とは何か解らなかったのだが、
ブログ 「管理人日誌」 様の薬師霊場巡礼のカテゴリー
http://news-tool.com/xoops/modules/diary/?cat=27
に尾間木地区の霊場の一覧が紹介されていたので、
期間が過ぎてしまったが、一通り回ってみた。

が、時期をはずしてしまったために、
札所の中で半数以上ある薬師堂には人の気配が無く、
本当にここが札所だったのかも疑われるほどであった。

一応、写真は撮影してあるが、データ化はまだ行っていない。
ひとまず、回った記録だけ残しておく。

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2010年5月4日

この日は、午後になって家を出る。
尾久橋通りから第二産業道路を通り、
柳崎一丁目の交差点から東浦和駅方面に向かう。

12番 柳崎薬師堂 川口市柳崎5-21

普段は薬師堂ではなく柳崎町会会館として使われている。
角塔婆を立てるための穴は確認できたが、
もちろん、角塔婆はすでに無かった。

11番 西谷薬師堂 さいたま市緑区東浦和5-15-27

ここも普段は自治会館として使われている様だ。
安永5年銘の庚申塔があった。

10番 水深薬師堂 さいたま市緑区大間木349付近 自治会館近く
ここは、自治会館ではなく、隣のブロックの敷地内にお堂はあった。
ここにも元禄4年銘の庚申塔があるはずだが見落とした様だ。

1番 三室宿文殊(三宝)薬師堂 さいたま市緑区三室1956
文殊寺近く

最初、間違えて文殊寺に入ってしまうがここも
寺に隣接した自治会館であった。
軒下に角塔婆が置かれていた。
文殊寺の境内で文殊菩薩を撮影。

2番 馬場 東漸寺 埼玉県さいたま市緑区馬場1丁目3

3番 宿 報恩寺 さいたま市緑区三室2601-3

4番 瀬ヶ崎 東泉寺 さいたま市浦和区瀬ヶ崎2-15-3
東泉寺の南、道を挟んだ場所にある。

境内の庚申塔は以前撮影したことがあった。

この時点で5時を回り、一日で全て回るのをあきらめる。

5番 本太 金井(元町)薬師堂 さいたま市浦和区元町2丁目10

ここは、何度も来た事があったが5時を回っていたためか
門は閉ざされていた。

7番 前地 薬師堂 さいたま市浦和区前地1-7

薬師堂らしきものは見当たらず、付近をさまよう。
結局、墓地の中にある阿娑利堂と書かれた
お堂しか見あたらなかった。

6番 大谷場 法性寺 さいたま市南区南本町2-13-4

4月に薬師霊場巡りを行ったとき近くを通ったのだが、
そのとき、ここに立ち寄っていれば
この霊場も4月に回れたのかも知れない。
庚申塔群を撮影。
暗くなったので、東京に戻る。
-----------------------------------------------------------
2010年5月27日

同じく第二産業道路を移動。
中尾神社の辺りから脇に入る。
 庚申塔

9番 中丸 薬師堂 さいたま市緑区大字中尾1749
中丸自治会館
丸彫りの庚申塔があった。

札所ではないが吉祥寺に立ち寄る。

8番 坊ノ在家 薬師堂 さいたま市緑区原山4-17-22
薬師会館
庚申塔を撮影する。

この後、浦和駅方面に移動したか。

2010年6月5日

川口経由で産業道路を移動。

特番 太田窪 守光院 さいたま市南区太田窪5-11-9

に立ち寄る。
近くにあった行弘寺境内の
 庚申塔
 足立百不動尊供養塔
を見る。
(2010/1/16)


2010年5月30日

上尾・桶川・鴻巣市箕田・熊谷市新川

この日は上尾市内の庚申塔を巡ることを考えた。
あらかじめ、国会図書館で「上尾の庚申塔」という本より
庚申塔の所在地をエリアマップ上に落としておいたのだが、
いざ出かける段になって地図が行方不明になったので
以前立ち寄った事のある、春日神社と日乗院を中心に巡ることにした。

上尾までは中山道を使わずに自転車で移動。
尾久橋通りを北上、鳩ヶ谷から第二産業通りを走る。
さいたま市内に入り、南区の大谷口陸橋より旧道に入る。

南区 大谷口
 庚申供養塔
 庚申塔(青面金剛像)

赤山街道(の近くの道)を通り、産業道路に出る。

大宮区北袋にある景元寺に立ち寄るが札所巡りの期間だったのか、
2人ほど本堂の前に机を出して詰めていた。

産業道路を北上。
産業道路と国道17号バイパスが合流する付近にある庚申塔を撮影。
上尾市日の出
 庚申塔2基

1基は以前撮影したことがあるが、この近くにもう1基あるのは知らなかった。
右はミザルがセザルを兼ねている。

上尾駅脇の陸橋を超えて西口に出る。
記憶を頼りに日乗院に向かう途中、花壇の中に庚申塔を見付ける。

上尾市柏座 日乗院
 石仏群(庚申塔1基)

次いで春日神社に向かう
春日神社というバス停の近くを探すが見付けられず
コンビニで地図を立ち読みする。
バス停から大分離れた場所に神社はあった。

上尾市柏座 春日神社
 庚申塔2基

中山道には出ず、高崎線の西側の道を移動。
桶川駅西口に出、以前見かけた若宮神社の祠を探すが見付けられず。

中山道に出て、旧桶川宿内の古い家を数軒撮影。
歩道橋の脚に一里塚跡の説明板が取り付けられていた。

夕方近かったが、暗くなるまで
撮り直そうと思っていた場所を回ることにする。

鴻巣市箕田
 浅間神社
 追分地蔵堂内の地蔵
熊谷市久下
 三嶋神社

以前、鳥居だけ撮影したが、奥に祠があるというので撮影する。
祠の脇に庚申塔を改刻した塞神が数基あった。行田駅から輪行で戻る。

(2010/07/24)

2010年7月10日

上里町・本庄市内

この日の目的は、埼玉県北部の庚申塔を探すことであった。

あらかじめ、上里町と本庄市の住宅地図から
祠の記号が載っている場所を地図に落としたものを持って行った。

神保原駅まで輪行。
小雨がぱらついている。
持って行った地図はかなり前のもので、あちこち破けていたので
持ちあるき様にコンビニで、地図のカラーコピーを取る。

上里北中学校近くに描かれていた祠の記号がある場所に行く。
明治時代の馬頭観音と正体不明の石造物があった。

踏切を渡り、高崎線の南側に回る。

勅使河原 字堀込
水路の脇に文久年間の馬頭観音文字塔以外には
明治以降の石造物しか見つけることしかできなかった。
堀込会館(熊野権現跡)

上里町勅使河原 原に行く

二十二夜塔が2つ並んでいた。

火の見やぐらの近くの石仏群

 大日堂
 雷電神社
 原公会堂脇 二十二夜塔(兼道標)
 大光寺の近くの路傍に庚申塔(文字塔)を見つける。
 大光寺 葷酒塔

高崎線の北側に出る。
字勝場
中山道(国道)沿いの民家を撮影する。
国道の脇に落ちていたペットボトルを拾ったところ
背後の家の窓が開いて、家の人に「何を拾ったか」と声を掛けられる。
「ペットボトル」だと答えると、
「そこの回収箱の中に捨てていってくれればよい」、と言われた。

 一里塚近くの庚申塔
よく見ると字体が変わっている。

賀美小学校構内 庚申塔
読み取り画像625
賀美小学校のプールの脇に賀美村道路元標の他に石造物があるのが気になっていた。
この日は、望遠系のレンズを持っていってフェンスの隙間から撮影。
二鶏三猿らしきものが確認できた。

中山道を外れ、北上。
金久保
 西金公会堂近くの神社 石仏群
忍保
 善台寺 石仏群
 路傍の庚申塔
 池上神社
蚊が多い。あちこち刺される。
八丁河原
 稲荷神社
ここまでは見つけた石造物の写真をすべて撮影していたが、
時間の関係で、以降、庚申塔のみを撮影。

本庄市新井地内石仏群
本庄市新井
 清渕寺
本庄市杉山
 日輪寺
本庄市小島
 長松寺
撮影した以外にも、周辺の寺社を回る。
旧本庄宿に出て、町並みを数箇所撮影。
本庄駅から戻る。
(2010/7/25)

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