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  • 2014.08.13 Wednesday
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GPS機の入手(2004年11月頃)

ここでは、GPS機 (Garmin eTrex Legend) を入手した経緯について書きます。

私がGPSについて知ったのは、
2001年の後半に中山道分間延絵図を図化したものを、
とある人に見てもらい何度かメールのやり取りをしたのだが
http://sekinema.jugem.jp/?eid=494参照)
その際、相手方から道筋の詳細な位置を知るのにGPSを使ったらどうか
とメールされたのがきっかけだった。

その当時はGPS(Ground Positioning System)というものが存在することも
専用の受信機で現在地の緯度経度が分かるということも
恥ずかしながら知らなかったが、
現在地の緯度経度がわかったとしても
それを地図に反映させる方法を持っていなかったこともあり、
当初は、それほど興味を惹かれなかったと思う。

しかしその後、数値地図(空間データ基盤2500)や
国土基本図、都市計画基本図を入手、
それらを平面直角座標系(19座標系)に合わせてCAD化したりする方法や
緯度経度を平面直角座標系に変換する方法
http://vldb.gsi.go.jp/sokuchi/surveycalc/algorithm/
を理解すると
GPS機により計測した位置をCAD上に落とせることに気づいたのだった。

特に、2002年の9〜11月に松井田町と軽井沢町の都市計画基本図を
購入したのだが、碓氷峠頂上付近の旧道が表示されていなかったり
道の位置が正確でなかったりしたため、
その付近の道筋の位置を知るのにGPSを使おうと考えるようになっていった。

ただ、GPSの電波が弱く、木々の葉が電波の障害になる恐れが
あるという予備知識を得ていたので、落葉が終わった初冬に現地に行くことにして
それまでにGPS機を入手することにした。

しかし、その当時、GPS機は通販で扱われているのは知っていたが
店頭で売られているのかどうかわからなかったのと、
山中での測位精度についてもやはり疑問があったため
Garmin社の輸入代理店(もしくは日本支社)が新宿にあるのを知り、
思い余ってアポなしで訪ねることにした。

今も同じ場所にあるかわからないが、
新宿文化センターの近くのビル内にある会社に赴き、
対応に応じた社員(あとで名刺をもらったが、理学博士号を取得していた)に、
GPSの測位精度は、同じ点の測位を繰り返すことによって
測位精度の向上は可能か」と聞いた記憶がある。

案の定というか、私が詐欺師の類ではないかと警戒したのかもしれないが
この会社は企業相手の取引が主で、個人相手の取引は行っていないと言われ
GPSの使用目的について詳細に聞かれた。

私は、私自身の目的を説明するしかなかったが、
そのうち誤解が解けたのか、特別にということで注文書を受け取ることが出来、
代金を口座に入金すれば、GPSが入手できるというところまできた。

ところが、その経緯を行きつけの自転車店に行ったときに話したところ、
「輸入代理店だから、GPSが安く入手できるとは限らない、
この店でも「いいよネット」経由でGPSの販売をやっている。
今、余ったGPS機があるので、使ってみて気に入れば、
購入を検討してみては」と、言われ、
恐らく、店長が使っていて要らなくなったと思われる
GPS機(Garmin eTrex Legend)を無償で借りることができただった。

このGPSは日本語に対応しておらず、日本国内の地図も大まかでしかなかったが
当面の使用目的には、支障なかった。

という訳で、このGPSを以後数年使っていたのだが、
これを、やっと、記事にすることができたのは、2009年10月に
GPS機(Garmin Geko 201)をこの自転車店で購入したからだった。
(2009/11/15-11/22)

2004年12月18日

軽井沢

碓氷峠頂上付近の道の位置をGPSで調べに行く。

碓氷峠から旧軽井沢に下る道は明治時代に出来た行幸道と
大正時代に出来た遊歩道の間に旧中山道があるのだが、
軽井沢町の都市計画基本図には記載されていなかった。

また、松井田側の旧道も松井田町が出している1/5000の地形図
(このあたりは群馬県の森林基本図を基にしていと思われるが未確認)
に描かれている道筋は実情と違っているようであった。

GPSはGPS衛星からの電波を受信して現在地の緯度経度を表示するのであるが
電波が微弱であり、木の葉が茂っている時期は受信状況が悪いので
冬に入ってからこの辺りを探ろうと思っていた。

横川までJRに乗り、横川〜軽井沢をバスで移動。
天気は快晴。

下りのことを考えて輪行したが
寝不足のためか、旧軽井沢からの車道を登るのに苦労する。
落葉しているので車道から旧中山道を望める箇所があった。

碓氷峠頂上に自転車を止めて、徒歩で碓氷峠西側の廃道を探索する。

熊野神社から下る車道がカーブする脇の小道を三度山林道に降りていく。
山中のためか精度が10m前後とあまりよくない。

三度山林道を横断すると貞光石に降りていく道と、
道標で示された旧中山道の二又に分かれていた。
まず、貞光石の位置を調べた後
岡村友彦氏の「中山道ウォッチング」に杣(そま)道とされている道を下っていく
(個人的にはこちらが旧中山道ではないかと考えている)

130m程先で旧中山道に合流してから沢を渡り旧中山道を聖沢まで下る。
この辺は精度が5〜7mと比較的良好だった。
2箇所の崩落地点を渡り、遊歩道に合流
聖沢を渡る手前から車道に向かって沢沿いに移動する。

車道に出て後、もう一度三度山林道まで行き
今度は逆に先ほどの分岐点から旧中山道とされている道の位置を調べる。

峠頂上の蕎麦屋で昼食後、今度は自転車を押しながら松井田方面に下る。
まず碓氷水源池と一つ家の碑まで下り位置を確認、
その後長坂を下り、笹沢経由で陣馬が原まで行く。(精度13〜15m)

そこまでは詳細にGPSで調べたが、和宮道との合流点から先は自転車に乗車して下り
途中の数箇所で位置を測定した。

特に、山中茶屋と栗が平の間、旧中山道の北側の一段高い所に
道跡と思しき遺構があるのだが、その位置を調べた。

刎石立場からの下りで特に電波の受信状況が悪くなる。(精度13〜24m)
もっとも、この辺は松井田町の都市計画基本図に記載されているので問題ないが
取得したデータと地図の間にずれが無いかチェックのため数箇所で位置を調べる。
旧国道に出た後、一旦アプトの道まで下ってデータを取るが
また旧国道に戻って横川まで下った。

こうして、ひとまずはデータを取ったのだが
後でデータを地図に落としたとき、
路上でデータを取得したのに地図上の道から外れている様な箇所があった。
1/2500の都市計画図の作図上の誤差が最大1m、
都市計画図をCADにトレースしたときの誤差は正確に評価したことはないが、
やはり1mだとしても、それ以上のずれであった。

そのため、後に(2006/4/2)もう一度データを取りに行ったのだが
データが大きく食い違っていた。


(赤が2004年12月、青が2004年4月のデータ。
赤はウェイポイントの位置を中心として精度分の半径の円を描いている)
赤の線引きはあくまでも暫定的なものです)

初回は測定地点でポイントを打ち、
後でポイントの緯度経度を呼び出すという方法をとった。
一般的には連続的に測定したトラックデータをPCに流し込むのだが、
使用したGPSとPCのインターフェイスを入手していないためこの方法を採用した。
その後、GPSのマップ画面に表示されているトラックログから
緯度経度を直接読むことが出来ることに気がついて、それ以来この方法を取っている。

GPSのトラックログの取得に関してうまく説明できないが何か癖がありそうである。
例えば、一旦GPS機を傾けて電波の受信を遮断した後、また受信を再開すると
直前のトラックログから少しずれた場所からログの記録が始まることがある。
それは、ある程度の精度(測定誤差)があるのでそうなるのかも知れないが
現在地の出来るだけ正確な緯度経度を知りたい場合
そのようなこともやってみる必要はあるのかも知れない。

いずれにしても、あと2、3回は通ってデータを取るべきではないかと考えている。
(2007/10/3-10/5)

2006年3月20日

下諏訪

和田峠の頂上付近は、正確な道筋を記した地図が存在しないので、
GPSで道筋を調べる。
和田峠付近地図
曇っていたので、下諏訪から峠に上る途中写真を撮る。
 青塚古墳
 樋橋付近の祠・旧道
西餅屋で自転車を置いて徒歩で上る。
 山ノ神
案の定というか、1500m以上の場所では雪が積もっていた。
雪の上の足跡が狐とか鹿とかの動物のものしかなく
(1箇所、熊の足跡のようなものもあった)
引き返そうかと一瞬考えたが、折角なので登ることにした。

峠の頂上は、ふきっさらしで、
雪の上には私以外の哺乳類の足跡はない。
砂漠のような風紋が凍り付いていた。
和田
峠の反対側に抜けることも最初考えたが、
峠の北側は本格的に雪が積もっていたので引き返した。
途中、大黒岩という岩の位置をGPSで調べよう落とそうとして
雪の斜面を登ったが、下りはどうしようもなく
滑り台の要領で降りる。

下諏訪まで戻ったのち、旦過湯に入る。
(2007/7/28) 

2006年4月2日

碓氷峠

前日の晩、花見で港区の三田に居た。
その後友人宅で少し休んだのだが、午前3時半に一旦帰宅。
上野から始発で高崎まで移動、長野新幹線に乗り換え軽井沢まで行く。
次の日の夜にも花見に誘われた中での強行軍であった。

今回は、松井田側の碓氷峠のGPSデータを取るため徒歩。
天気は曇り。三脚を持って来ればよかった。

軽井沢駅から、旧軽井沢を抜け碓氷峠に向かう。
今回は聖沢から旧中山道に入らずに遊歩道を通り、途中取得したデータが
地図と矛盾しないか調べることにする。

聖沢の先で旧中山道と合流。
ここから先、前回(2004年12月)と同じ道のデータを取り直す。

昼過ぎに横川に着くつもりだったので、どこにも立ち寄らず移動、データを取る。
松井田側の遊歩道の入り口まで下った後、アプトの道経由で横川に着く。
途中、峠の湯で風呂に入り、丸山変電所にも立ち寄った。
(2007/10/5-10/6)

2006年12月16日

木曾福島・上松・須原

知人が大阪で作品を出品しているのを見に行くことにし、
前日を移動日に当てる。
天気予報では晴れであったが、曇りそうだったので
木曾福島で途中下車して自走。

前回(といっても6年前)の取り直しをしようと
板敷野の八幡神社に寄る。
木曾の桟にも寄るが国道の改修工事中だった。
新茶屋の旧道部分の位置をGPSで確認。
上松の手前にある北沢墓地内の石造物撮影。
その後、臨川寺と寝覚の床(磨崖仏)。
池の尻の釈迦堂。
大桑村に入り、国道では無く山沿いの村道を移動、いくつかの祠と石仏を撮影。
松淵の津島神社の存在は今回も分からず。
エゲ坂付近の旧道をGPSで調べる。
須原に入り宿内の撮影。
暗くなったので、大島まで行きいくつかの地点をGPSで確認する。
大桑駅から乗車、京都まで行く。

翌日大阪で雨に降られた際、フィルムを1本雨に濡らし現像に時間がかかる。
幸い、撮った写真にダメージは無かった。
(2007/7/6)

2010年3月28日

塩尻市内・鳥居峠

18きっぷを期間中に使いきるため、この日は
出かけることを考えていたが
夜は用事で割と早くに都内に戻る必要があった。
そのため、鳥居峠の遊歩道を移動することを考えた。

昨年の12月にGPSを2台持って、鳥居峠の遊歩道を歩いたが
電波が干渉したせいか、2台の測位に大きな差が出てしまった。
そのため、今回はGARMIN geko 201 のみを持って
データを取り直すことにしたのだった。
自転車を持っていき、奈良井宿から鳥居峠に登る間のデータだけ取って、
下りは自転車を使えば、十分に帰りの電車に間に合うと考えた。

予報では、長野県は午前中曇りで午後から雨とのこと。
御茶ノ水駅から輪行。
早めの電車に乗って、塩尻で中央西線に乗り換えるまでの時間があったので、
みどり湖駅で下車して塩尻市内を撮影する。
 秋葉神社 馬頭観音
撮影していると、地元の人が石段を下ってきた。
何でも本殿の床が抜けてしまったので様子を見にきたとの事。
この石仏が馬頭観音とは知らなかった様で驚かれる。

住吉神社の祠の前の道を南に20〜30m下った付近に
住吉神社跡の標柱があるのを見付ける。

次いで、堀ノ内地内の墓地内の庚申塔を撮影しようとするが
晴れてきてしまう。

仕方なく、塩尻駅に移動。
再び自転車を分解して、中津川行きの電車に乗り込む。

奈良井駅で下車。
自転車を組み立てて、鳥居峠遊歩道入り口まで移動。
遊歩道を自転車を押して移動する。

 山伏塚

遊歩道は、雪が残っていた。
矢立沢の先、木が倒れいて橋の出口を塞いでおり、
欄干を切断して辛うじて人の通路を確保していた。

さらに先に行くと電線の上に倒木があったのか
電柱がへし折られていて電線の下をくぐらなければならない箇所もあり
凄惨な状況であった。

旧国道に出て峠を越えた後、時間の関係で中山道と別れ旧国道を走る。
さらに、鳥居トンネルの下で国道に出、薮原駅を目指す。

途中、時間があれば撮影したいものもあったが断念。
この時間、撮影するのには適した曇り空で、後ろ髪を引かれる思いで電車に乗る。
(2010/04/26)

----2010/5/4追記
Google Map 上に、塩尻市内の旧中山道の道筋を書き込むことに成功しましたが
あくまでも、暫定的なものです。 

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