スポンサーサイト

  • 2014.08.13 Wednesday
  • -

一定期間更新がないため広告を表示しています


中山道分間延絵図のこと(国立上野博物館資料館)

1992年10月の時点で
桶川から木曽福島および妻籠から御嵩までの中山道を一通り走ることが出来た。
が、当時の日記にある通り、多くの場所で道を間違えてしまっている。

以前の日記の繰り返しになるが、中山道の道筋を紹介するガイドブックは
この当時全て絶版になっていた。(少なくとも書店の店頭では見付けられなかった)
後に今井金吾氏の「今昔中山道独案内」を文京区内の図書館で見つけるのだが
それまでは大学の総合図書館に所蔵されていた百科事典と
1/25000地形図を見るしかなかった。

ところで、その百科事典であるが、「五街道」についての記事中に、
いくつかの宿場の絵図が図版で紹介されており
それは五街道分間延絵図という絵図の一部で、
国立上野博物館蔵である旨のキャプションが付けられていた。

そこで、この分間延絵図を見ることが出来ないだろうかと考えていたのだが
国立博物館の脇に資料館があるのに気付き、思い切って問い合わせてみた。
時期は正確には覚えていないが、名古屋から戻った後(1992年10月中旬)のことだと思う。

すると、五街道分間延絵図は重要文化財なので現物を閲覧することは出来ないが
東京美術が復刻しているので、それなら見せることが出来ると言われ
とりあえず中山道分間延絵図の第1巻を閲覧した。

延絵図をぱっと見た第一印象は中山道がどこを通っているか
これだけでは分からないなあ、というものだった。
これは、例えば中山道は浦和宿の先で針ヶ谷という村を通過しているのだが
その当時は浦和市に針ヶ谷という地名が残っていることすら知らなかったのだから
無理はないと思う。
その他に、家並や寺社を始め、水路や脇道、方位や傍示杭の類が
細かく書き込まれていることにも驚いた。

複写を申し込もうとしたが、資料館では複写は特別なケースに入れて行っており、
A3を超える大きさの資料はケースに入らないので、複写は出来ないと言われた。

仕方無く、最初は前回のツーリングで道筋についての情報が得られなかった、
岐阜県可児市付近の絵図を簡易的に書き写そうとした。

ところが、写しているうちに絵図に描かれている膨大な情報の
何を取捨選択するか判断できないことに気付き
いっそのことならば細かな地形や家並を除く全てを写した方がよいと思うようになった。
結局、延絵図の始まりである本郷から京都まで順に書き写すことに決めて
(滋賀県の草津より先は東海道分間延絵図)
それからずっと資料館に通い詰めることになった。

これは、本業の研究をしようとしている者にとっては時間のロスに他ならなかった。
というのも、書籍として復刻出版されているので、
国会図書館や都立中央図書館にも所蔵されていて
そちらでは複写が出来ることに、かなり後になって気付いたのだから。

資料館に通うメリットとしては
分間延絵図を復刻する際に撮影したポジフィルムの原版があって
ベタ焼きをカードの形で閲覧出来るのと、ポジからの複写が可能であることだろうか。
(料金が高いがので注文したことはないが)

資料館には1年近く通っただろうか、
そもそも歴史資料閲覧のための施設だから制約が多く
(例えば鉛筆シャープペンシル以外の筆記具使用禁止等)
国会図書館に閲覧に行くようになったこともあり
資料館にはいつしか通わなくなってしまった。

10年以上後になって、同じ敷地内に一角座という映画館が出来て
何度か通う様になるとは思っても見なかったが。


いずれにしても、資料館の存在が中山道の道筋を知るための
大きな手がかりにはなったのは事実で、
分間延絵図を書き写した資料を基に数年間、各地を巡ることになった。

(2007/10/27)

分間延絵図のCAD化作業について(2001年2月-12月頃)




(下図は群馬県安中市付近)

1992年から1993年にかけて中山道分間延絵図をノートに筆写して
それを片手に現地を回っていたことがあるのだが、
2001年初頭に中山道のガイドブックに載せる地図の校正の仕事を手伝ったことで
中山道分間延絵図について、もっと突っ込んで調べる必要があると考え始めた。

そもそも、分間延絵図は道の周辺にある事物が細かく描かれているが
道自体は帯状に延々と続いているだけなので、宿場等の特徴的な箇所を除けば
描かれている場所がどの場所に相当するのかわかりづらい箇所が多かった。

また、絵図上に方位が記されているのだが
方位の変化と道の屈曲が必ずしも一致していない部分があり
そういった場所は絵図から道の様子を想像することが困難だった。

以前に筆写した図はあくまでも道の概形を写したものなので
道の周辺にあるものの情報についてはほぼ網羅できたものの
距離についての情報は正確ではなかった。
(というより、延絵図の縮尺に当初は無頓着だった)

後になって筆写した地図に延絵図上の長さを書き込んだりしたこともあるが
それではらちがあかないと思い、延絵図全体をCAD化することを始めたのだった。
------------
CAD化の作業というのは以下の通りだった。
・街道を折れ線の連なりであるとみなす。
 (道が曲線的に曲がっている箇所でも、折れ線で近似する)
・絵図上の折れ点間の長さを0.5mm単位で計測する。
・折れ点間の線分上に描かれている村界、橋、脇道の分岐点の位置も計測する。
・線分を、延絵図に示されている方向に測定した長さ分だけCADで描き、つないでいく。

日記を見る限りでは、
2001年の2月から国会図書館や都立中央図書館に通い始めているので
この頃からしばらくこの作業を続けたと思う。
------------
図書館で作業を続けていたので
他の利用者から声をかけられる事もあった。

知人のデザイナーが江戸時代の絵図に対して同じような作業(?)をしている
という人に声をかけられたことがあった。
その人は、江戸時代の伊能図でない絵図が正確であるのかという
素朴な疑問を持っていた。
個人的には絵図はまったくの出鱈目ではないという感触はあったのだが、
どこまで正確なものか、作業をやって見ないとわからないと思っていた。

また、東海道分間延絵図をもとに
東海道の一里塚間の距離を調べている人に話しかけられたこともあったが
その人は、道中奉行が作らせたのだから
絵図は正確であるだろうと考えているように思えた。
実際、作業中に発見した絵図の間違いについて話したところ
少しうろたえている様子であった。
------------
ログをほとんど残していないので作業の進行状況についてほとんど思い出せないが、
作業自体半年以上続けたのだろうか。
少しずつ全体像が出来上ってきたが
それは、日本地図の中で見る中山道の線形とよく似ているように思えた。

そこで、2001年の10月末に
絵図からおこした中山道の線形をとある人に見てもらった。
(メールの記録を見る限り、この時点で作業はほぼ終わっていたようである)

すると彼はCAD図の本郷から戸田までの部分をビットマップ化して
カシミール3Dで表示した上で、
本郷付近と戸田付近では縮尺がかなり異なることを指摘したのだった。

これ以降、2001年末にかけて何度かメールのやり取りをしたが
彼からは、分間延絵図の作図が実情に合わない箇所を他にもいくつか指摘された。

当初は延絵図自体に間違いがあるのか
自分の作業にミスがあったのか判断が付かなかったが
現在の地図にCAD図を重ねてチェックするやり方は面白いと思った。

後に、自分で「中山道分間延絵図資料批判」と名付けることになる作業は
この頃のやり取りの再確認であったように思う。
------------
当時はカシミールを始めとする地図・GIS関連のソフトを動かせる環境はなく
(そういえば、現在も全く同じだ)
仕事先で覚えたCADが使えるに過ぎなかった。

そして、自分の意図に合った地図データの存在を知ってからの数年間
地図に関する作業にさらに没頭することになるとは思いもよらなかったのだった。
(2008/7/7-9/10)

H社のこと

2000年の秋頃、深谷と和田峠というまったく異なる2箇所で
中山道のガイドブックを作るという
H社(編集社)の社長のSさんと遭遇した。
私が普通の旅人が気付かないような物を写真に撮っていたのと
中山道分間延絵図の写しを持っていたのに向こうが驚いて
地図のチェックをして欲しいと頼まれたのであるが、
実際のところ、内心穏やかでないものがあった。

というのは、Sさんと最初に深谷で出会ったとき、
(ガイドブックを作るために)中山道の全ての写真を撮る
という様なことを話していたからで、
それは私がやろうとしていることと被るのでは、と感じたからであった。
今にして思うと、短期間の撮影で自分と同じことは、
おそらく出来ないのだが。

さて、和田峠の頂上で連絡先は教えたものの、それから何の音沙汰も無いまま
Sさんが話していたと思しきガイドブックが書店に並ぶようになった。
ガイドブックは分冊形式になっていて、最初に木曾路の部分が刊行されたのだが、
案の定(といっては失礼だが)道筋の線引きに間違いが多かった。

それから、2、3冊の分冊が出た後だろうか。
この頃は日記をつけていたので日付(2001年2月27日)が判るのだが
Sさんから、ガイドブックに載せる地図の校正をお願いしたい
という連絡が入り、一週間後に打ち合わせをすることになった。

(2008/5/12, 6/10, 6/24)
続きを読む >>

数値地図2500(空間データ基盤)購入(2001年10月-2002年3月頃)

前回の記事で、中山道分間延絵図の線形をCADに起こしたものを
ある人に見てもらったときに、
CADを画像化したものと現在の地図画像を重ね合わせて
延絵図の縮尺上の間違いを指摘された事を書いた。

それとは別に、CAD化の作業中夢想していたことがある。
それは延絵図の原本をトレーシングペーパーか何かに写し取って
現在の地図と比較することを誰かやってくれないかということだった。

だが、その様なことは他人にやってもらうよりも
自分自身でやるべきだと思ったのだった。

それは、国土地理院が出しているCD-ROM 数値地図2500(空間データ基盤)
の存在を知ったことが大きかったと思う。
数値地図をトレーシングペーパーに出力して、復刻版の延絵図に重ねれば、
個人でも作業が出来ることに気がついたのだった。
-------------

数値地図は池袋のジュンク堂書店の2F地図コーナーで最初に見かけたと思う。
ジュンク堂は2001年に店の床面積を増やしたので、
CD-ROM版の数値地図を置くようになったのだと思うが、記憶違いかもしれない。
とにかく、数値地図25000(地図画像)という、
1/25000の地形図をスキャンしたデータの他に
数値地図2500(空間データ基盤)という CD-ROM を見つけたのだった。

当時は、多くの市町村で都市計画図が作られているのを知らなかったので、
大都市ならともかく、大縮尺の地図が存在すること自体に驚いたが
CO-ROM の値段が一枚7500円だったことと
当時、中山道が通過する地域で、埼玉県の北部と長野県内の部分
が刊行されていなかったため、購入をためらっていた。
ちょうど岐阜県の刊行範囲が拡大され、
岐阜県内の中山道がほぼカバーされた時だと思う。

購入を決めたのは、しばらくして(2001年10月)埼玉県北部まで刊行範囲が拡大された
からだと思うが、
もしかすると、それ以前に岐阜県内「岐阜」と滋賀県内「滋賀及京都-3」
を購入していたかもしれない。

以後、購入記録が無いので詳細は分らないが、
2002年2月に長野県内の刊行範囲が拡大されたので、
(中山道は1/3程度の地域がカバーされた)
それを含む数ヶ月間が購入期間だったはず。


現在、世界測地系対応数値地図2500(空間データ基盤)が刊行されているので
以下の購入リストはあまり役立たないかもしれないが、参考までに。
「東京-3」板橋区
「東京-5」千代田区、中央区、文京区、豊島区
「埼玉-1」
「埼玉-2」戸田市内
「栃木及群馬」群馬県内の碓氷峠付近を除く
「長野」
「岐阜」岐阜県中津川市内・瑞浪市内の一部を除く
「滋賀及京都-3」滋賀県内
「京都-2」京都市内

刊行範囲・刊行年の情報は国土地理院内のページによる。

なお、世界測地系対応版が刊行された後だと思うが、一時期、国土地理院のサイトから
日本測地系による数値地図2500(空間データ基盤)のデータが公開されていた。
(現在は終了している)
(2008/9/11-9/26)

数値地図(空間データ基盤)2500との格闘

前回の記事で東京から京都までの中山道が通過する範囲の
数値地図(空間データ基盤)2500 (以下数値地図と記)
を入手した経緯を書いたのですが、GIS等のソフトがまったくない環境で
数値地図をすぐに使いこなせた訳ではなかった。
実際、購入した数値地図を一時期放置していたこともある。

そういった状態から独自の方法で数値地図のデータをCADに書き出し
その上に複数の地図を重ね合わせる作業が出来るようになったが
それまでの試行錯誤をここに記すことにして、「格闘」というタイトルをつけた。

数値地図についてあまり判りやすい書き方が出来ていないので、
詳しいことを知りたければ国土地理院のサイトを参照するか、
日本地図センター「数値地図ユーザーズガイド」という本を見てください。

----------------------------------------------

購入した数値地図はCD-ROM附属のビューワ
(空間データ基盤 オブジェクトブラウザ SpaceInfo ver 1.60)
で表示できたのですが、それを必要な縮尺で印刷出力する術を知らなかった。
また、ビューワは表示する範囲を広域地図上で指定するようになっていたが、
CD-ROMからのデータ読み込みに時間がかかる上に
指定範囲を間違えて全く関係ない場所を表示してしまうこともしばしばあった。

また、ビューワ上のツールを使うと、地図に記載されている事物の
xy座標値らしきものが表示されるのだが、なぜ緯度経度ではなく
xy座標で表すことができるのかということも当初判らなかった。

ということもあり、しばらくは数値地図を放置していたが
ある時思い立ってビューワ上で中山道に相当する道路の情報を収集することにした。

数値地図では首都圏、近畿圏、中部圏など街区情報が得られる地域を除いて
道路は中心線のみが表示されているが、
(詳しくは旧日本測地系刊行データについてを参照のこと)
道路の中心線だけでなく、水系や行政界等は
ベクタ線(要は折れ線のこと、以下アークと記)として数値化されていて
ビューワではアークの折れ点(補間点)の座標を
アーク属性情報として表示できるようだった。
そこで、滋賀県大津市膳所付近で中山道(東海道)
の補間点の座標を調べることにした。

補間点間の距離の計算値とビューワ上で計測した距離の比較により
数値地図の座標が1m単位であることが分り、(最初はそういう事も全く知らなかった)
さらに、以前CAD化した図面上での長さと比較することによって
東京美術が復刻した東海道分間延絵図の縮尺が約1/3000であることも分った。
もちろん、これは復刻版絵図編の冒頭に載せられている文章
(宿地一里七尺有二寸)と、同解説編の凡例(原図を60.6%に縮小している)
から計算できることではあるのだが。

次に、中山道の折れ点の座標が分ればCADに書き出せると思ったので
滋賀県内の中山道のアーク情報をExcelの表にすることにした。
(ちなみに、数値地図の座標はx軸が南北、y軸が東西になっているため、
CADで作図する際には座標を逆にする必要がある。)
当時、仕事先で使っていたCADはスクリプト処理といって、
作図するための一連のコマンドをファイルにして一度に実行できたため、
EXCELの表をCSV形式で保存したものに手を加えることで
CADの図面上に中山道の線形を一気に書き出すことが出来た。

ところが、ビューワでは一度に一つのアークについてしか情報を得ることが出来ず、
さらに道路は他の道との分岐点毎に別々のアークになっているため
(橋や図葉(南北1.5km、東西2kmで1つの図葉になっている)の図郭でも
別のアークになっていた。)
情報を得たいアークを選択するのは手間だった。

さらに、補間点が表示される方向も、アークによってまちまちなため
東京から京都方面に作図されるように補間点を並べ替えるのも面倒だった。

上に書いた作業は、当時のメールのやりとりから2001年12月頃に行っていたようだ。

滋賀県と埼玉県についてはこの作業を行って
中山道の線形をCADに書き出した記憶がある。
が、あまりの作業に嫌気がさした、というより
図面一葉毎の地図データを一気にCAD化する方法を思いついて
他の県についてはこの作業は行わなかったと思う。

それは、おそらく、群馬県の数値地図を購入したのがきっかけだと思うが、
今までの数値地図は、ビューワが自動で立ち上がったので
ビューワを使った作業しかしなかったのが、
群馬県については、栃木県と合わせて一つのCD-ROMに入っていて
ビューワが自動で立ち上がらなかったので、エクスプローラを使って
CD-ROMの中身を見ることになった。
すると、CD-ROMのルートに「TOCHIGI」と「GUNMA」フォルダがあり、
両フォルダの下に地図データが図葉別に収録されていることに気付いた。
例えば、「09HB623」フォルダ(これは国土基本図の「-HB62-3」の範囲に相当)
の下にはさらに
「GYOUSEI」「KIJUNTEN」「MIZU」「OTHERS」「ROAD」「TATEMONO」フォルダがあり
順に行政界、基準点、水系、鉄道公園等、道路、公共建物
のデータが収められていた。
-------------
2009/7/31, 2009/11/13
国土基本図の区画については、
「座標系番号 区画名 図葉番号」や
「公共測量標準図式」
でGoogle検索してください。
-------------

各フォルダの中にある、「***.ARC」というファイル
(例えば「ROAD」フォルダではROADNTWK.ARC)
の2行目以降にアーク(折れ線)の座標点情報があるようだった。
データは

L2110,0,16,8
184.2,1778.5
148.9,1753.2
140.8,1741.6
96.7,1612.9
84.5,1572.9
81.7,1553.8
86.7,1538.8
102.3,1526.3
L2110,0,17,3
102.3,1526.3
・・・・・・
の様に各行は1つの座標点を表していると思われるが、
その中でも「L」から始まる行は各アークのコード番号を表しているらしく、
「L」から始まる行で挟まれた部分が、1つのアークの座標値を表している様だった。

そこで、適当なプログラム(実際に使用したのは Microsoft Excel VBA)を使って
「ARC」ファイルの座標点を順に折れ線として書き出すような
スクリプトファイルに変換できると考えた。

この試みはうまく行ったのだが、2つの点で問題があった。
1つは、数値地図の座標の取り方が南北方向にx軸、東西方向にy軸を取っていたため
そのままCADに書き出すと、xとyが反転した図面になってしまうということで、
これは、変換の段階で座標を入れ換えれば問題はなかった。

もう1つ、座標点は図葉の左下隅を原点とした相対的なものなので
複数の図面を書き出すと同じ範囲に作図されてしまうということで、
そのため、最初は書き出された地図をビューワ上で表示される座標値と
同じ位置まで移動させていたが
数多くの図葉に対して作業を行っているのが面倒になったので、
各図葉の左下と右上の座標はARCファイルの1行目に記されているのを利用して
ファイルの変換時に原点の座標をオフセット値として加えることにした。

こうして、東京から京都までの中山道の周辺の数値地図を
CAD化することが出来たのだった。

後になって、数値地図は平面直角座標系(19座標系)を採用していると知り、
それによると、関東は酬蓮長野県は七蓮岐阜県は桟蓮⊆賀県〜京都府嵯呂
全て座標系が違うので、別々のCAD図面にした。
というより、それぞれの地図で座標が違うため、一つの図面にまとめられないことは
最初から判っていた。

当初、道路、水系、行政界、鉄道はレイヤー別に書き出してはいたが、
段々ファイルのサイズが大きくなったので、それぞれ別のファイルに分け、
必要に応じて外部参照で呼び出せるようにした。


(図は岐阜県内の水系で中山道周辺以外に濃尾平野の付近もCADに書き出したもの)

(2008/9/27, 2009/3/20)

数値地図に他の地図データを書き込む

前回の記事で、数値地図の必要な部分のデータをCAD上に書き出した経緯を書きました。
これによって、本来の目的であった中山道分間延絵図と数値地図の比較が出来る
筈だったのですが、ここで問題が発生しました。

数値地図をトレーシングペーパーに出力する段階でのこと。
延絵図(復刻版)の縮尺は約1/3000だと当たりがついていたので、
数値地図を1/3の縮尺で出力(1単位3mが1mmになるように出力)したのだが
A4で約900m×600mの範囲しか出力されないので、
場所によってはどこを出力したのか、作業時に判らなくなることがしばしばあったのです。

もちろんプリントアウト時に紙に印を付けておけばいいのですが、
一度に作業する予定の4、50枚の紙1枚1枚に行うのは面倒でした。

そこで、どの場所の地図か判ると同時に、分間延絵図との比較の目安になる
寺社の建物の位置を、国会図書館の地図室で住宅地図を参考に記入を始めました。

これは、

住宅地図の縮尺に合わせて数値地図を出力→出力した地図上に建物を記入
→地図をスキャンしてCAD上でトレース

の繰り返しでした。

作業の時期については覚えていませんが、2002年の前半ではないかと思います。

住宅地図は著作権に関してことに厳しいようですが
作業の結果物は個人的な利用の範囲を超えてはいないことと
この頃のデータは後に国土基本図や都市計画図等で置き換えてしまったことを
あらかじめ断っておきます。

-----------------------------
さらに、数値地図が平面直角座標系(19座標系)を採用していることは、
日本地図センター「数値地図ユーザーズガイド」という本を書店で見て知りました。
(この本は国会図書館の地図室に開架図書として置いてあります)
当時やり取りしていたメールの記録より2002年3月頃の事と思います。

その本の第2編「数値地図情報の基本的な処理方法と関連プログラムリスト」にあった
変換式を使って、経緯度を19座標系へ変換するExcelのVBAマクロを作成しました。
より詳しい変換式は以前、国土地理院のサイトに載っていたのですが
削除されてしまった様です。
国土地理院のサイトに載っています。

これによって、中仙道のサイト内のカシミール3D用のPOT形式の中山道のデータ
CAD上に書き出すことができるようになりました。
また、後日現地でGPSを使って取得した緯度経度データを
CAD上に落とすのにも役に立っています。

しばらくはこの自作のマクロを使っていましたが、その後、GPSの森内のBBSで情報を得て
緯度経度←→XY座標に変換するフリーの組込関数(ConvBLXY2000)
の存在を知り、現在はそれを使っています。

残念ながら、ConvBLXY2000のダウンロードサイトからのリンクは現在切れている様です。

他には、明治前期〜中期に作成された
関東平野の1/20000迅速測図や
岐阜〜滋賀にかけての1/20000正式図から、
中山道周辺の道の線形を記入しました。
これは、現在の地図では区画整備、圃場整備等により
脇道の分岐点が消えたり、ずれたりしている場所があるからで、
これも、国会図書館で複写してもらった地図をトレースしたのですが、
部分的な作業にとどまっています。

いずれにしても、数値地図のおかげで
様々な時代や縮尺の地図を同じ土俵に乗せることが可能になったのでした。
その他リンク
Web版TKY2JGD
平面直角座標系の原点の緯度経度一覧表

(2008/10/3-10/4,2010/11/8)
続きを読む >>

数値地図と分間延絵図との比較

数値地図に寺社の位置を書き込み比較の準備が整った段階で
トレーシングペーパーに地図を出力して、分間延絵図に重ねてみることにした。
もっとも、これは中山道全体の作業が終了した後に作業を始めたわけではなくて
前の記事と並行して作業を行っていたと思う。

作業については記録をまったく残していないので
いつ頃どの場所を調べたか正確なことは思い出せないが
まず関東ではなく岐阜県の東濃地方(中津川市・恵那市・瑞浪市・御嵩町)
から始めたことは現在手元に残されているトレーシングペーパーの束から分かる。
中山道分間延絵図でいえば14巻〜15巻ということになる。

比較の作業を始めてすぐ分かったのは、
最初、トレーシングペーパーを1/3の縮尺で出力したのだが
(延絵図の縮尺1分3間(1/1800)を復刻版では60.6%に縮小したということで
計算上は1/2.96の縮尺になるはずだった)
A4ペーパーの縦の長さ(約30cm)毎に1cm程絵図とずれていくということで、
このずれを補正した結果、約1/3.067の縮尺で出力すればよいということだった。

これはもちろん、トレーシングペーパーに出力した際の紙の伸び等あるだろうが
30cmで1cmのずれというのは大きすぎるし、
後でスキャンした画像をCAD上でトレースする際にも、
出力した縮尺で貼り付けて、ほとんどずれはなかったのだった。

逆に1/3.067の縮尺が正しかったとすると、延絵図の縮尺は約1/1860となる。
これは1間を6尺2寸としたときの1分3間に相当するが、
実際にこの縮尺で測量されたのか、復刻版の縮小率に間違いがあるのかは
わかっていない。

とにかく、これ以降、1/3.067の縮尺で出力したものと延絵図を照合することにしたが
当初、あちこちで確認された多くのずれが解消しただけでなく
本当にずれが生じている部分が明らかになったのだった。

(2008/10/10頃)

国土基本図の購入(2002年6月-)

数値地図2500(空間データ基盤)で中山道の通過する地域をCAD化してしまうと
数値地図の作成区域外の、空白となっている部分が気になった。

もちろん、CAD化できた部分だけでも相当な分量なので
先にそちらの作業を進めることも出来たが、空白部の大半は長野県内で
分間延絵図が作られてからの道筋の変化が最も激しいと思われる区間なのに
比較対象となる大縮尺の地図が手に入らないのは残念であった。

そんな中、国会図書館の地図室の本棚に「国土基本図作成区域図」という本が
置かれているのを見つけた。
(現在は書庫に移動しているがが同内容のものは地図センターのサイトで閲覧可能)

これは文字通り、どの区域の国土基本図がいつ作成されたかという区域図で、
長野県の数値地図でカバーされていない中山道周辺地域については、
北佐久郡浅科村〜笠取峠の部分が1980年頃に国土基本図が作られていることを知った。

この時点では、国土基本図がどのような物かよく知らなかった筈だが、
目黒区大橋にある地図センターで注文できるということで注文しに行ったと思う。

日本地図センターは仕事の関係で立ち寄ったのが最初で、
以後、何度か立ち寄ったことがあった。

注文した当時のことは全く覚えていないが、
受け付けた注文を月曜日の午前中につくばに送り
出来上がった地図が翌週の月曜日に届くので、時間がかかるとか、
地図の作成年度が古いので、現況と違っている部分があると
言われた気がする。(こちらとしては、時代が古い方が役に立つのだが)

とにかく、佐久地域の6枚
(-ID-95, -ID-96, -ID-97, -JD-05, -JD-06, -JD-07)
を注文、7200円(6枚×1200円/枚)を払ったのが最初だった。
ちょうど、出来上がった地図を受け取ったのが日韓ワールドカップの最中だったので、
2002年6月のことであるのは間違いないと思う。

それを皮切りに、中山道が通過する周辺地域の国土基本図をほぼ買い揃えることに
なったのだが、それは、地図の作成年度が古く、1960年代に作成されたものは
圃場整備や区画整理が行われる以前の地形が残されていることが多かったからで、
特に岐阜市の西部長良川の周辺などは昭和39年に廃線となる前の名鉄鏡島線や
堤防工事によって集落の約1/3が消滅する前の河渡宿などが載っており貴重であった。

とはいうものの、国土基本図や都市計画図は地図の部分だけで、幅80cm×高さ60cmあり
狭い部屋の中で広げるのも大変であった。
特に、A4サイズのスキャナーしかない状況で図面をトレースしてデータ化するのに
いろいろ試行錯誤したのだが、その辺のことは、別の記事で書く予定である。

(2008/11/5-11/6)
------------
国土基本図を購入した地域と地図の作成年代の大まかな対応を以下に示します。

埼玉県
大宮市大成付近〜鴻巣市箕田付近 1/2500(1967年)
吹上町〜熊谷市佐谷田 1/5000(1967年)
熊谷市熊谷〜岡部町 1/2500 (1969年)
岡部町〜上里町 1/2500 (1960年)


長野県
北佐久郡浅科村中原〜小県郡長門町長久保付近 1/5000(1980〜81年)

岐阜県
中津川市街〜千旦林付近 1/5000(1972年)
中津川市坂本〜恵那市内 1/5000(1978〜79年改測)
可児市内〜坂祝町付近 1/5000(1970年)
各務原市鵜沼〜三柿野付近 1/5000(1970年)
各務原市那加〜巣南町呂久付近(〜大垣市赤坂付近) 1/2500 (1963〜65年)
地図センターの作成区域図には見当たらないが、
大垣市赤坂付近までは1965年頃の1/2500国土基本図が入手できた。
大垣市青墓付近 1/2500(1977年)

滋賀県
山東町付近 1/5000 (1964年)
彦根市鳥居本〜野洲町大篠原 1/2500 (1967年)
野洲町桜生〜大津市大谷 1/2500 (1968年)

都市計画図・市町村作成図・森林基本図の購入

2002年6月に長野県北佐久郡内の1/5000の国土基本図を手に入れると、
今度は浅科村(現佐久市)塩名田付近の地図が抜けているのが気になった。

さらに、岐阜県瑞浪市内の中山道は東海自然歩道と重なっているため
1/2500数値地図に載っている部分が多かったが、
ゴルフ場を通過する部分は私有地のためか記されていなかった。

国土基本図作成区域図によると、これらの区域についても
国土基本図が作成されているようであったが
地元の市町村に作成を委託していたため、地図センターでの入手が出来なかった。

最初、これらの脱落部分を住宅地図で補おうとしたが、歪みがひどくて
本来の作業については当てにならなかった。
(最新の住宅地図は種々の基本図から電算化している様なので
歪みについては改善されているかも知れないが、著作権については注意が必要)

そこで平日に休みが取れるのを利用して、地元の市町村の役場を回るようになった。

都市計画図を入手してみると、数値地図には載っていない
小さな水路や私道、遊歩道などの細道の他に
市町村によっては石造物の所在地についても載っているため
地図センターで国土基本図を入手できない全ての市町村について
都市計画基本図を購入することにしたのだった。

また、長野県小県郡長門町(現長和町)長久保から和田峠を挟んだ下諏訪町内までと
木曽路の大部分は国土基本図や都市計画図が作られていないので
森林基本図を購入することになった。
森林基本図は基本的には県庁の林政課で購入できるのだが
長野県内については県庁近くの長野県林業センターの4Fにある
長野県林業改良普及協会で扱っていた。(2006年の時点で)
------
2009/07/13追記
長野県内の国有林については、中部森林管理局(旧営林署)で取り扱っています。
------
詳しい購入記録は地図購入・GPSのカテゴリを見て下さい。

(2008/11/08,12/15)

A全大の地図をトレースする(Poor Man's Method)

目黒区大橋にある日本地図センターや地方の市町村役場、県庁等で
購入した国土基本図(都市計画基本図)や森林基本図はA0サイズに近い大きさだった。

これは国土基本図(都市計画基本図)については
地図を表示する内図郭の寸法が60cm×80cmであり(森林基本図は60cm×90cm)
内図郭から15mm隔てて枠線(外図郭)を描き
さらにその外側に図名、概見図、凡例等を表示することになっているからで
(「平成6年国土基本図図式」によるが、自治体によって多少の違いはある)
このような大きさの地図をスキャンするのは
専用のスキャナーがある設計事務所ならともかく
A4サイズのスキャナーしかない狭い自室内では困難を極めた。

国土基本図には平面直角座標系の座標を表示するために
距離方眼線もしくは方眼を引くための目盛りが20cm毎に打ってあり
(森林基本図は10cm毎)
地図を一部分だけスキャンしても位置合わせができたが
A4サイズのスキャナーは短辺が21cm余りなので
20cmの正方形を1度にスキャンすると
どうしても紙の浮き上がりが両端に出来てしまい
トレースした地図に歪みが生じるのは避けられないことであった。

最初のうちは、スキャンした国土基本図の画像と数値地図を重ね合わせて
必要な箇所だけをトレースしていたので、それでもよかったが
そのうち、国土基本図全体をトレースしたい欲求が出てくると
如何にして誤差や歪みが少なくなるように効率よくトレースするか
という問題が発生した。

ここでは、試行錯誤の末、現在採用しているトレース方法について解説する。
(2008/12/15)
続きを読む >>

calendar
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>
ブログ内検索
links
categories
sponsored links
selected entries
archives
recommend
profile
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM