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2007年8月29日

板橋

子易神社
梅雨明けしてから一ヶ月近く撮影を休む。
この神社は当初撮影するつもりはなかったが
リハビリを兼ねて立ち寄る。
(2007/9/3)

2007年9月2日

安中

前の日飲み過ぎて、朝4時に一旦目が覚めるが出かける気がしなかった。
結局、体調が回復するまで地図の方の作業をする。
泊まり先を11時半に出て新宿まで移動。
湘南新宿ラインに乗り、大宮で高崎線に乗り換え高崎へ。

午後2時半に高崎駅を出る。
烏川を渡り、碓氷川の堤防の上を走る。
途中堤防の下に石仏(馬頭観音?)を見つけたので撮影。
R18バイパスをくぐった先で、碓氷川刑場跡石碑を探すが見つけられず。
とりあえず先に進み、中宿の蓮華寺境内の石仏群を再撮影するが
途中、カメラにフィルムが入っていないことに気付いてやり直し。

久芳橋を渡り安中宿に入る。
慈恩寺の再撮影(境内の石仏の配置が以前と変わっていた)。
下野尻馬頭観音堂の再撮影
庚申石祠?


安中本陣跡の石碑
荘厳寺
安中城址広小路の祠
武家長屋近くの道祖神碑
稲荷神社参道の石仏群
安楽寺下の石仏群(これはブログ中山道ひとりある記に紹介されていました)
午後5時過ぎに撮影を止め、高崎に戻る。
ネットカフェに泊まろうかとも思ったが結局東京に帰った。

(2007/9/3)

2007年9月18日

駒込

吉祥寺
境内に入るが、吉祥大仏等、木の葉が邪魔で撮影せず。
本堂のみ撮影。

(2007/9/29)

2007年9月24日

安中

上野駅を11時過ぎに出発。
高崎から信越線で安中駅まで移動、自転車を組み立てる。
旧久芳橋がもうすぐ撤去されるという掲示を見る。

久芳橋を渡らずに磯部方面の道を進み、
久芳橋の一つ上流の橋を渡り旧安中宿へ、
街中を移動しながら目に付いた古い家を数軒写真に撮る。
新島襄旧宅に寄る。
まず、裏手の古墳に行って、石碑を撮影。
次に、資料館に行く。
考えてみれば、資料館に入ったのは初めてだった。
係員が現れて説明を受ける。

次に観乗院に行くが、彼岸の最中でもあり墓参に訪れる人が多いので
今回は見送る。
寺の裏手にある祠(お菊稲荷)を撮影。
あらかじめ、地図から気になる場所をメモしていたが特に何も見つけられず。

安中宿に戻り、安中城址付近を走る。
住宅地図に造士館跡と書いてあった場所に石碑を見つけたので撮影。
 下野尻の道祖神碑
安中駅に戻る頃に日が差し始めたので撮影をやめ高崎方面に戻る。
途中、豊岡の茶屋本陣に立ち寄る。
中に入ったのはここも初めてだった。
200年程前に茶屋本陣としての建物が増築されたとの説明を受ける。

倉賀野まで移動。
九品寺と永泉寺の中間に石造物があるようだったので行ってみると、
十九夜塔があった。これは倉賀野の別の場所にあったものと同じ形だった。
八高線経由で実家に帰る。

(2007/9/26)

2007年9月27日

駒込

神明神社

当初の計画ではこの神社は撮らないつもりだったが、
撮り癖をつけておかないと出かけるモチベーションが上がらない気がする。
まず、神社裏手から入り庚申塔群を撮影するが、大量の蚊にたかられる。
次に拝殿に回るが、小雨がぱらつき始める。(すぐ止んだが)
境内脇の子育て地蔵、灯篭、境内社を撮影して終了。
これで実家から戻る途中に撮影した、荒川堤防に繋がれていた牛の写真も現像に出せる。
(2007/9/29)

2007年11月16日

板橋

旧川越街道と山手通りの交差点近く(四つ又)にある馬頭観音を撮影。
以前は、中山道と川越街道の追分から少し西に行ったところにあったと思うが
高速道路の建設により、移転したものだと思う。
移設に関するトラブルがあったのか、
信者がうらみつらみを書いたと思しき札が覆につけられていた。

撮影していると、昼休みにぶらついている人がやってきて何をしているのか訊かれる。
事情を説明すると、ここに石仏があるのを初めて知ったと驚かれた。

2007年11月27日

さいたま市浦和・戸田

浦和
 本陣跡
行った時間がたまたま裏手にある幼稚園の閉園時間で
子供たちを待つ母親が次々集まってきた。
 慈恵稲荷鳥居・石祠・八雲神社
鳥居を撮っていると、隣の蕎麦屋の人がスクーターを動かしてくれた。
 明治天皇駐在碑
 神明宮
南区白幡
 庚申塔

これは初めて撮影。中山道から睦神社方面に行く道沿いにあった。

戸田 地福院
(2007/11/28)

2007年11月30日

浦和大間木

浦和宿本陣門

先日浦和宿本陣跡を撮り直した際
本陣の門を撮影するつもりでいたことに気付き撮影しに行く。
以前近くまで行ったとき門を探したことがあるのだが
地図を持っていなかったため見つけることが出来なかった。
朝、出かける直前に浦和市の地図を見るが、
本陣門が移築された大熊家の所在地と思しき場所に
印を付けていたことに気付き持っていった。
道灌山通りから尾久橋通りに出、運用を待つばかりの新交通の下を移動
道なりに鳩ヶ谷へ。
日光御成道との交差点から鳩ヶ谷宿内の古い家が見えたので撮影、
そのすぐ先の県道1号線に入る。
この道は去年走ったことがあった。

外環道と交差して先、東浦和駅への道を入る。
地図につけた印によると、東浦和駅から北、国道463号線(古い方)の交差点から
一本西の細い道を行くと行ける様だった。
東浦和に着く直前から雨が結構激しく降り出したので今回は下見にすることも考える。
道の途中で、庚申塔が2体並んでいるのを撮影。

そのさらに先、右手にそれらしい門があるのを見つけ行って見ると
まさに浦和宿本陣の門であった。
ここに着く頃に雨は小降りになっていたのでとりあえず撮影する。
(写真は2008年1月18日の記事内にあります)

ここから、国道463号バイパスに出て、浦和宿まで移動
さらに中浦和駅を経由し、国道17号バイパスを東京方面に戻る。

途中、板橋区立郷土資料館に立ち寄った。
近くの区立美術館ではブルーノムナーリ展の準備中だった。
(2007/11/30,2008/5/10)

2007年12月10日

駒込

定泉寺
目赤不動 にも行くが晴れてきたので中止。

2007年12月13日

駒込

雨が止んだ後で回る。

南谷寺(目赤不動 )
養昌寺

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