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  • 2014.08.13 Wednesday
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2012年9月2日

 南木曽町内

2012年8月14日

 木曽町内

2012年5月4日

塩尻市内 木祖村 木曽町

ムーンライト信州で塩尻まで。午前4時10分着
自転車を組み立てて木曽路に向かう。
塩尻市平沢の周辺の神社を見て回る。
途中、鶯着寺の近くの国道沿いに、
双体道祖神と庚申塔が移設されてるのに気付く。
これは以前二の沢付近に祀られていたものであった。

贄川を過ぎ、押込沢から平沢付近にかけての旧道を撮影。
雲松寺跡
国道に出て、平沢東側の神社を巡る。
七社ほどある内、以前撮影した一社を除く六社。
曇りの予報だったが、雲が切れて日が差し始める。
川向かいの神社も回る予定だったが、奈良井に移動。
 鎮神社
ここも、日が差し始める。
奈良井から旧国道を通って鳥居峠を越えるつもりであったが
崩落したのか途中で通行止めになっていた。
仕方なく、旧中山道を通ることにする。
自転車を押し上げる。

行人塚
坂の途中にある馬頭観音等撮影。

頂上近く、つづら折れの付近に一里塚跡の碑が建てられているのに気付く。

御嶽遥拝所
 帝釈天
 二十三夜塔
森林測候所跡に立ち寄る。

薮原
 郷土館脇の森林鉄道
宮ノ越
 神谷橋跡近くの石仏群
徳音寺墓地内の六地蔵石幢
一昨年の10月に宮ノ越で撮影した写真で
出来が今ひとつ気に入らないものを記憶を頼りに再撮影する。

尻平沢から国道に出て、経塚土手の供養塔を撮影。
12時近くになったので、塩尻方面に引き返す。
南宮神社 燈篭

木祖村に入る。 
下吉田にも一里塚跡の碑が建てられていた。
2011年の10月に木曾ユネスコ協会が建てたものの様であった。
日が陰るのを待って撮影するが、すぐに雨が降り始める。
合羽を着て鳥居トンネルを抜けるが、すそがススで真っ黒になる。

塩尻市内に入る。
奈良井
 宮の沢脇の庚申塔を再撮影。
平沢
 川向かいの神社
 諏訪神社および近くの石仏群
長瀬
 分間延絵図に描かれている刎岩らしき岩を見つける。
贄川
 桜宮石仏群
 清水稲荷 庚申塔
片平 
 白山神社
洗馬
 大田大日堂 庚申塔
 長興寺 庚申塔
等を撮影。

塩尻から高尾までJR
高尾から新宿まで京王線で移動する。
(2012/5/6)

2012年3月31日

大津市内

摂取院境内の道標

義仲寺

2012年3月25日

 中津川市内

山王廾一社庚申板碑(山王二十一佛庚申塔)(江戸時代)

草加市稲荷 慈尊院 寛永13(1636)

頂部 キリーク
右から順に
一列目 バク バイ キリーク キリーク キャ
二列目 カ ア タラーク マン カーン
三列目 ベイ キリーク シリー キリーク? ナ
四列目 サ ソ バン マ フフーン

奉果庚申待二世成就攸

八潮市伊草 東漸院墓地 寛永16(1639)


川口市戸塚 西光院 寛永20(1643)


草加市神明町 東福寺 正保3(1646)


八潮市西袋 蓮花寺 慶安3(1650)


葛飾区青戸 延命寺 承応4年(1655)


足立区元木南町 胡禄神社 寛文3 (1663)

八潮市川崎 専称寺 寛文5(1665)

(参考)
草加市稲荷 慈尊院 正保4(1647)


草加市稲荷 慈尊院 承応1(1652)

草加市手代町 手代町会館 慶安3

草加市稲荷町 墓地 明暦1



2011年10月30日


大桑村内
先々週大桑村に行った後、写真を整理したところ
撮影し直す予定のものが結構あることに気が付いた。

特に、日が射して撮影を中断した岩出観音堂境内の石仏群は
10年以上前に撮影した時から石仏の配置が変わっていて
その中にあった観音主尊の庚申塔を撮影出来なかったのは心残りだった。

この日の予報は、大桑村は曇り、近隣の市町村は昼過ぎから雨で、
もしかすると大桑村も雨になるのではとも思ったが、出かけることにした。

前日に京王線仙川駅から乗車。
高尾で中央線に乗り換え、下諏訪駅で下車。
ネットカフェに泊まる。

一寝入りして気付くと、ナイトパックタイムリミットの時刻になっていたので
あわてて飛び出すが、まだ30分あった。
朝の予報を見ておくのだった。

時間つぶしに、駅近くの菅野温泉に入る。
雨になるとまずいと思い、
コンビニでもらったビニール袋を捨てずに持っていたのが後で役に立った。

下諏訪駅から長野行きに乗り、塩尻で中津川行きに乗り換え、須原駅で下車。

須原宿入口付近の旧道と枡形を撮影。

定勝寺参道の庚申塔(除三尸之罪)

野尻方面に向かう。

岩出観音堂境内の石仏群
庚申塔 絶三尸之罪(観音主尊)
 岩出観音堂

以前撮影したときに崖の中段に置かれていた石仏群は
三十三観音の覆屋背面に移されていた。

雨がポツポツ降り始める。
伊奈川集落に行き庚申塔を撮ることにするが
移動中雨が本格的に降り始める。

伊奈川庚申堂 絶三尸罪(享保7年銘)
 伊奈川庚申堂
田光公会堂脇 絶三尸罪(享保7年銘)
 田光公会堂
を撮影。

伊奈川集落では対岸に渡る吊り橋が朽ちていた。

一時間ほどで雨の勢いは少し収まったが
以降、一日中降ったり止んだりを繰り返した。

伊奈川橋を渡り、中山道を弓矢方面に移動。
ひん曲がりの付近から中山道を外れる。

中組 庚申塔(絶三尸之罪)を含む石仏群
撮影していると隣の家の主人が出てきたので話をする。 
石仏の由来を知らないとのことだったので、庚申待の話をする。
あまり興味のない様子だったが、
昔この地域でもそのような風習があったことに驚いていた。

ひん曲がりに戻り、弓矢方面に下るが
先ほどの撮影場所にレンズのフィルターを置き忘れたことに気付く。

天長院門前の石仏群を再撮影。
庚申塔
 天長院1
青面金剛だが、脇に絶三尸之罪(享保2年)銘があった。

一通り撮影を終えた後にレンズを確認すると
レンズのど真ん中に雨粒が落ちた跡が付いていた。
水滴の方向から横位置で撮影したときに付いた様だったが、
写真に問題ないかは現像してみないと判らなかった。
いずれにしても、何度かはこの辺に来る必要がある、と思う。

弓矢に下る中山道の道筋を撮影するが、地元の車の通行が多く苦労する。

大桑駅付近から国道を渡り木曽川の対岸に移動。

殿 池口寺薬師堂前の灯籠

白山神社
鳥居の付近にポット苗が置かれていた。
境内に人がいるかも知れないと思ったが、誰もいなかった。
輪行袋を黒幕代わりに広げて本殿を撮影する。

小川 庚申場
前回場所を突き止められなかったので、住宅地図を元に簡単な地図を作製した。
公民館の近く車が1台通れる幅の未舗装路を入ってしばらくいった所にあった。
庚申塔(寛政2年銘)
自転車を止めた場所に戻る途中、車が止まっているのに気付く。
車を運転してきた男性と話をする。
男性はダックスフントを連れていた。 
犬の運動を兼ねてキノコ狩りに来たそうで、
天気が夕方まで持つとの予報を当てにして出かけたのが、
途中で雨が降り出してしまったとのこと。
当てが外れたのはこちらも同様であった。

白山神社まで戻ると、植樹の作業員が集まっていた。

殿 千体地蔵堂
弁天島神社

2車線の道が工事中で、迂回路を行く。

野尻向
 住吉神社 神ノ木
 千体地蔵堂
 白山神社
 十王堂
路傍に馬頭観音があるのに気付き、立ち止まったところ奥に堂があった。

 さいの神

阿寺橋を渡る。

野尻駅に帰りの電車の時刻表を見に行くが、
松本方面行きの電車は出たばかりだった。
次の電車まで2時間以上あったので、撮影を続行する。

野尻宿から南木曾方面に移動。道筋を撮影。

 下在郷公民館(観音堂)
公民館に地元の人達が集まっていた。
公民館脇の石仏群を撮ろうとすると、館内にいた人に呼び止められ、
館内(廊下)から撮影して良いと言われる。
館内に祭られている弘法大師像

何枚か撮影するが、雨でショートしたのか、カメラが故障する。
(スイッチは入るがピントリングを回しても反応しなくなっていた。
後でフィルムを巻き戻したところ、復活した)
とりあえず、石仏群の全景が撮影出来たので助かった。
残りは後日、外から撮影する事にして、帰ることにする。
お礼を言い、上松方面に移動。

上松駅まで20kmあったが、無人駅で乗車すると精算が面倒だったのと、
帰りの電車賃を少しでも浮かせたかった。
5時過ぎに上松駅に着く。
高尾までの切符を購入。
東京に戻る。

(2011/10/31,11/4)

2011年10月16日

 大桑村内

この日は前日の雨が午前中で止み、その後天気は回復するとの予報だったが、
しばらくは曇るであろうともくろんで出かけた。
が、中央線で甲府盆地にさしかかった頃から天気は快晴になリ、
当ては全くはずれてしまった。
いずれにしろ、鉄道の日記念きっぷの最終日だったので
出かけないわけには行かなかったのだが。

塩尻駅で一旦改札を出てそばを食う。
このまま雲一つない天気であれば、
そのまま名古屋方面まで出ることも考えたが、
木曽福島に近づいた辺りから大きな雲が目立つようになった。

大桑駅で下車。

弓矢橋長野橋際の石仏群(再撮影)
庚申塔(絶三尸之罪)

関山に行く。

以前入手した村基本図?の記憶を頼りに国道から旧道跡に入る。
弓矢方向に戻り、道がカーブする付近、
木曽川方面に窪地を挟んだ向いの小山の上に
二十三夜塔と馬頭観音を発見。
これは長い間探していたものだった。
関山

この付近で撮影をし直すつもりだった場所に立ち寄ることにするが、
地図を持ってこなかったため、何を撮り直すかわからなくなっていた。

とりあえず、木曽川を渡り殿に行く。

池口寺 薬師堂

石仏群を雲を待ちながら撮影。

擁壁内の双体観音

白山神社に立ち寄る。

本殿をガラス越しにでも撮るつもりでいたが、
覆屋の周囲に目の細かい金網が張り巡らされていた。
一部ガラス戸の代わりに金網が二重に張られていたので、
ガラス戸が割られたために金網を張ったのだろうか。

ダメもとで金網越しに撮影しようとするが、ブンという羽音を聞いた次の瞬間、
カメラにカメ虫が止まっていた。
レンズに液をかけられては大変と慎重になる。
結局、ガラスとレンズの距離があったため、外の景色が写りこんでしまった。
これは、背後に黒い幕を広げれば防げそうであった。

小川集落内の庚申塔を撮りに行くことにした。
鹿の湯温泉というのがある方に登っていく。
が、ずっと前に住宅地図を見た記憶だけでたどり着くには無理があった。
いくつかの小集落を通り過ぎ、温泉の手前まで登るが、結局そのまま下ることにした。

大桑駅の近くまで戻ってくる。

中山道沿いの掲示板に、大桑村内の中山道の地図が貼られていた。
おそらく、地元の郷土史家が村基本図上に江戸時代の中山道の道筋を復元したのだろう。
新茶屋〜八人石の部分で国道沿いに線を引いていたり
振田集落の中心部まで下っている様に線を引いていたり
間違いと思われる箇所もあったが
伊奈川橋の位置を現在地の下流側に設定したり、
弓矢の長野橋の先で川沿いに下り一里塚の先で古道と合流したり
倉の坂の付近など、
分間延絵図から推測した道筋と近い線引きがされていたのは
我が意を得たりという気がした。

弓矢 若宮八幡
 岩出観音堂
大桑村の資料に境内の石仏群の中に庚申塔らしきものがあったので
確認に行くが、見つけられず。
昔撮影した写真を見て気づいたのだが、境内の石仏の配置が変わっていた。

午後4時を過ぎ、残りの時間で関山〜野尻間の道沿いの写真を撮るが、
これも以前撮影しているかもしれなかった。

野尻駅から乗車。東京に戻る。

(2011/10/17,10/19,10/31)


2011年10月2日

 原野〜木曾福島

今年は鉄道の日記念きっぷを買うかどうか迷っていたが、
木曽地方の午後3時過ぎは曇るとの予報を信じ、出かけることにする。

お茶の水駅で7時20分過ぎの電車に乗る。
高尾で甲府行きに乗り換え、甲府駅で小一時間待ち、塩尻で30分待ち。
原野駅で下車。

実際のところ、日が射していたが、
原野から南方は雲が多く、日が陰るのではとの期待があった。

原野 八幡宮

自転車を近くに止め、明星岩に登ることにした。
1994年に登って以来で、遊歩道の入り口を間違えそうだったが、
歩いてみると、記憶がよみがえってきた。
畑の脇の道を進み、木曽川を橋で渡る。
そのまましばらく木曽川沿いに進んだ後、つづら折りの道で一気に登っていく。

 岩の麓にある神社

岩の付近から木曽福島方面を撮影する。

自転車を止めた場所に戻るが、日が射している。

林昌寺

 中原兼遠屋敷跡
 薬師堂 庚申塔
 手習天神
本殿脇に土俵があった。
 天神脇の石仏群
出尻坂
 石仏群 巡礼塔
庚申塔 馬頭観音

坂の途中にいがぐりがかたまって落ちているのを撮影することにした。
30分ほど日が陰るのを待つ。
写真を撮っていると、小学生がこちらに気づき、
ついで、坂の入り口に落ちているいがぐりが気になったのか、
いがぐりを足で探っていた。

福島関所跡に近づく頃には、日が山の向こう側に沈んでいた。
 厳島神社
 関所跡
 坂の途中の石仏
 本陣跡
 高札場
 上の段

木曽福島駅から戻る。
(2011/10/05,10/19)




2011年8月4日

中津川市内
この日は元々用事があって休みを取ったのだが、
その用事が前日に済んでしまったので、出かけることにした。
前日までの予報では、この日は曇りで、次の日以降天気が良くなるとのことだったが、
実際には、この日から天気は良くなった。

お茶の水駅より乗車、高尾駅で松本行きに乗り換え、塩尻で下車。
天気は良く、撮影する気を失う。
木曽路方面に行くことにするが、
中津川行きの待ち時間が1時間近くあったので、
一旦駅を出て塩尻図書館に立ち寄る。

木曽路も雲は出ているものの概ね日が差している。
撮影は出来なくても、子野の地蔵堂の石仏群(庚申塔目当て)を調べることを考え、
中津川で下車。
駅を出てしばらくして一旦曇ったので
茶屋坂の旧道の写真を撮ろうとするが、
すぐに日が差してしまい、しばらく雲を待つ。
 すみれ塚(芭蕉句碑)
 馬頭観音
しばらくすると、大きな雲がかかり、日が陰り始めたので
撮影を続行する。
旭ヶ丘公園内
 月塚(芭蕉句碑)
 稲荷神社
 標示石
上金
 白木改番所跡
 秋葉灯篭(文政6年銘)
国道バイパス下をくぐる。
 地蔵沢
 地蔵堂石仏群
元禄年間の庚申塚があるということだったが、
見つけられず。(文字庚申塔は文政年間銘) 
境内の石像物を一通り撮影していると、
自転車に乗った学生に挨拶される。
そのときは挨拶を返したのだが、しばらくして
その学生が戻ってきて境内のベンチに座って休み始めた。
三脚で撮影しているのに興味を持たれたのか、
それとも怪しいと思われたのかわからないが、
こちらから特に話しかける訳でもなく
なんとはなしに無視をする形になってしまう。

その後も、中山道の写真を三脚を使って撮影していたのが
目立つのか注目を浴びる。

子野 神明神社
 青面金剛(享和1)
 灯篭(文政8)
覚明神社
石仏群(巡礼供養塔)
一里塚

勾配の急な道を上り下りする。

与坂立場跡

坂を下り、国道に出る頃には、午後4時過ぎていたが、日が差してきたので撮影を終了。
落合川駅より戻る。

(2011/8/6)

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